
エジプト(エジプト・アラブ共和国)は、アフリカ大陸の北東角に位置し、古代文明と砂漠に象徴される、人口1億2000万人ほどの国である。国の大部分は半乾燥気候から砂漠気候に属し、一年を通して雨はほとんど降らない。こんな土地で人々はなにを食べて生きているのか? 長い間、一度は訪れたいと思っていた国の一つだった。せっかくだから思いきりエジプトらしい季節にしようと、日射しが最も強くなる6月、砂ぼこり舞う灼熱のカイロに降り立った。
A カフラー王のピラミッドとスフィンクス。紀元前2520年ごろ。(カイロ)
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ナイルとカイロとルクソール
エジプトを語ることはナイル(ナイル川)を語ることだといわれる。ナイルは、エジプトのはるか南にあるビクトリア湖とタナ湖を源とし、スーダンを経てエジプトを南から北に貫き地中海に注ぐ、全長6695km、世界最長の大河である。その最下流、ナイルデルタが始まるところに、人口2500万人ほどの巨大都市圏、カイロがある。その市街地に接して、紀元前3000年ごろにまで遡るエジプト古王国の遺産、ギザのピラミッド群がある(写真A)。紀元前2000年ごろ、首都はナイル川を600km以上遡った中流域、テーベ(現在のルクソール)に移り、新王国として栄えた(写真B)。ツタンカーメンの黄金のマスクはここで発見されている。その後、国の中心はカイロ付近に戻り、ローマ時代、イスラムの時代を経て、今に至っている。
B 夜のルクソール神殿。紀元前1330年ごろ建立。(ルクソール)
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コシャリとターメイヤとフール
エジプト人のソウルフードはまちがいなくコシャリだ(写真C、写真D)。少しかために炊いた米と短く切ったスパゲティとマカロニに、同じくかためにゆでた2種類の豆(ひよこ豆とレンズ豆)とタアレーヤ(薄切り玉ねぎの素揚げ)を混ぜ、トマトソースとカル(酢)とシャッタ(とうがらしソース)で好みの味にして食べる。似た食べ物がほかの国に存在しないという点において、これほどエジプト的な食べ物はないだろう。ひよこ豆とレンズ豆はペーストやスープにも使われる。
C 人気店のコシャリ。テイクアウトできる店もある。(カイロ)/D 朝食に入ったコシャリ屋にて。(カイロ)
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もう一つのソウルフードはターメイヤだろう(写真E)。水でもどした乾燥そら豆で作る、コロッケのような揚げ物だ。中身は緑色に見えるが、これはそら豆の色ではなく、西洋パセリなどの香味野菜の葉を大量に入れるためである。肉は入れない。揚げたてを少しの生野菜といっしょにアラブ風の薄くて円いパン(アエーシ)にはさんで食べるとおいしい。
E ターメイヤ。上から揚げているところ、揚がったところ、生野菜といっしょにアエーシにはさんだところ。アエーシはピタのように中が空洞になっている。(カイロ)
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乾燥そら豆を水でもどして煮るとフールができる(写真F)。朝食の定番で、泊まったホテルでも毎朝たっぷり出たが、白状するとぼくはあまり得意ではなかった。
F ホテルの朝食で出たフール(右)とアエーシ(バラディ)。(ルクソール)
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どんな料理を頼んでも、エジプト人の主食、アエーシがついてくる。フールもアエーシで食べる。精製度が低く黒っぽいバラディと精製度が高く白いシャーミがあるが、よく出てきたのはバラディのほうだった(写真G)。
G アエーシ。バラディ(左)とシャーミ(右)。(フルガダ。カイロから紅海沿いを下り、ルクソールへ向かう途中)
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アラブ料理といえばカバブ(串焼き)やコフタ(つくね)などの肉料理、中でも羊料理がはずせない(写真H)。もう少し手軽にはシャワルマ(ドネルケバブ)や鶏肉のグリルも人気だ(写真I)。変わったところでは、米を詰めた鳩のグリル(ハマーム・マフシー)もおもしろい(写真J)。しかし、庶民がふだん食べているのはコシャリとターメイヤとフールのほうだろう。なにしろ、肉よりもはるかに安く、しかも腹にたまる。それにアエーシ(バラディ)を大量に食べる。
H 羊のコフタ(細長いミートボール)。トルコやバルカン半島などかつてオスマン帝国トルコの領土だった国の定番料理。右側はタヒーナ(ごまのペースト)。(カイロ)/I 鶏肉のグリル。少しかための西洋パセリが大量にかかっていた。(カイロ)
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J 米を詰めた鳩のグリル(ハマーム・マフシー)。奥左は小ぶりのアエーシとターメイヤ。右側は奥からなすとトマトの煮込み、タヒーナ(ごまのペースト)、トマトときゅうりのサラダ。テイクアウトでそろえた夕食。(ルクソール)
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世界一の地中海食
地中海食ほど世界に広まった健康食はない。ギリシャのクレタ島に始まり世界各地で行なわれた数多くの栄養疫学研究が、それを実証してきた(文献①)※。地中海食と聞けば、ギリシャやイタリア、スペインといった南欧諸国の食事が頭に浮かぶ。ところが、世界中で最も地中海食的な食事をしているのはエジプト人であるという。国連食糧農業機関(FAO)が収集した2000年から2011年までの国ごとの食品消費量を用いて地中海食の程度を計算した「地中海食適合インデックス」によると、エジプトを筆頭に、上位4か国までを地中海の南側にある北アフリカ諸国が占めている(図1、文献②)。

地中海食といえばオリーブ油と赤ワインばかりが有名だが、地中海食を特徴づける食品はもっと多い。食品の摂取量や消費量から地中海食の程度を測る方法はいくつも提案されているが、その中で最も広まったのはギリシャの研究者が提案した「地中海食スケール」だろう(表1、文献③)。野菜に始まり、豆類、果物とナッツ類、穀物と続く。肉類は少なめがよいとされている。その後に提案されたものでは、穀物をもう一歩進めて、全粒穀物としたものも多い(文献④)。ハンバーグではなくターメイヤを、白いバンズではなく精製度の低い黒っぽいアエーシ(バラディ)にはさむほうがよい。エジプトの揚げ油はひまわり油ととうもろこし油が多い。両方とも、オリーブ油と同じく、飽和脂肪酸よりも不飽和脂肪酸が豊富だ。

街角にあった総菜屋で人気商品とおぼしき、なすのトマト煮込みを買ってみた(写真K、写真L)。油たっぷりで肉は入っておらず、やはりアエーシがついてきた。おそらくこれが庶民の昼食なのだろう。
K 街の総菜屋で買ったなすのトマト煮込み。肉は入っていない。(フルガダ)/L 街の総菜屋。(フルガダ)
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帰国前日、野菜料理が評判のレストランに入ってみた。エジプトに来たらエジプトが原産の野菜、モロヘイヤのスープは食べておきたい。みじん切りにしたモロヘイヤで作るねばねば・とろとろのスープだ。同じくアフリカが原産のオクラの煮込みもつけてみた。こちらもねばねばで日本人好みだ。総菜屋の煮込みに比べると10倍近い値段がしたが、それ以上の味だった(写真M)。
M モロヘイヤのスープとオクラの煮込みを食べる。野菜料理が評判のレストランにて。(カイロ)
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街のあちこちにフルーツジューススタンドがあり、ここで飲む生ジュースが、毎日40℃を超える猛暑の旅の命水となった(写真N、写真O)。ぼくのお気に入りはマンゴーだったが、さわやかな甘味にわずかな青臭さが癖になるさとうきびジュースのほうが人気だった。こちらのほうが安いし、水分補給としても優れている。
ナイルさえあれば雨が降らなくても野菜も果物も育つ。「生きる」という観点からは、巨大なピラミッドよりもわずかな高低差を巧みに利用した用水路のほうで古代エジプトの土木技術の高さは評価されるべきだ。ナイルの水は今もルクソール近郊の畑を潤していた(写真P)。
N フレッシュジュース。アボカド(左)とマンゴー。アボカドはジュースというよりもシェイク。マンゴージュースには完熟のマンゴーがごろごろ入っていた。(カイロ)/O フレッシュジューススタンドの店先。オレンジやマンゴーがつるされている。(カイロ)
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P 用水路の途中にある水溜め。ナイルの水が噴き出す。ここから畑ごとの細い水路に分かれる。(ルクソール近郊)
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地中海食スケールには「魚を多め」があるが、エジプトでは魚を食べられる地域は地中海か紅海の沿岸にほぼ限られる。「適度な飲酒量」もあるが、人口の9割がイスラム教徒で酒はご法度だ。しかし、わずかだがコプト派キリスト教徒などイスラム教徒以外の人もいて、見つけにくいが酒屋はある。ルクソール滞在中、最高気温が45℃に達した灼熱の一日が終わった夜、キンキンに冷やしたエジプト産のビールをホテルの部屋で飲んだ。人類最初のビールは古代エジプトで造られたらしい。そして、「肉は少なめ」だが、「食べてはいけない」わけではない。メッカへの巡礼が無事に終わったことを神に感謝する祭り、イード・アル・アドハー(犠牲祭)では羊料理をふるまう習わしがある。お祭りの期間中、カイロの路上で羊を売っているところに出合った(写真Q)。エジプトには、私たちが想像する地中海食ではなく、エジプト人の生活に根ざしたエジプト流の地中海食があり、その中心に豆類、特にそら豆があった。
Q 大都会の路上で売られる羊たち。(カイロ)
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ファビズム(そら豆中毒)
グルコース6リン酸脱水素酵素欠損症(G6PD欠損症)という長い名前の病気がある。G6PDは血液の中の赤血球がブドウ糖を使ってエネルギーを作るための代謝経路の途中にある酵素である。G6PDを生まれつき持っていない人たちがいる。これがG6PD欠損症で、遺伝性であり男性に多い(文献⑤)。日本人ではきわめてまれだが、アフリカ諸国ではおよそ9%、中東諸国ではおよそ7%の男性がG6PD欠損症だと報告されている(図2、文献⑥)。こうなると病気というよりも体質に近い。

G6PD欠損症でもふだんの生活に支障はない。けれども、なにかの誘因にさらされると、赤血球の膜が破れてしまう「溶血性貧血」が起こる。ごく軽いこともあるが命にかかわる場合もある。エジプトの子どもたちで溶血性貧血の原因(誘因)を調べた研究では、その6割が「そら豆」で、「その他の豆」も含めると全体の8割以上を占めていた(図3、文献⑦)。この誘因物質はビシンとコンビシンという物質で、これらはほぼそら豆だけに含まれている(文献⑤)。だから「その他の豆」という答えは保護者の記憶違いかもしれない。

G6PD欠損症は地中海周辺では古くから知られていて、ファビズム(favism)と呼ばれてきた(文献⑥)。そら豆のイタリア語、ファバ(fava)に由来し、そら豆中毒と訳されることもある。なお、英語では乾燥そら豆はファバビーンズ(fava beans)と呼ぶことが多い(写真R)。
R カイロで買ったフールの缶詰め。ファバ(FAVA)と書かれている。(カイロ)

「直角三角形の斜辺の2乗は他の2辺の2乗の和に等しい」という三平方の定理を発見したギリシャ時代の哲学者にして数学者のピタゴラスは、晩年、彼の権勢を妬む一派に襲われた。逃げる途中、豆畑にぶつかったピタゴラスはなぜかそこで逃げるのをやめ、そこで殺されてしまったらしい。この逸話からピタゴラスはファビズムだったとする説がある(文献⑧)。子どものころに重症のファビズムにかかった経験があって、それを思い出して苦しむよりも死を選んだとする説である。
G6PD欠損症は子どものころに発病し、場合によっては死に至る。このことを考えると、G6PD欠損症の遺伝子は正常の遺伝子よりも次の世代に遺伝しにくいことになる。それではなぜG6PD欠損症は淘汰されずに残ったのか? 熱帯や亜熱帯地域で暮らす人々を長い間苦しめてきた感染症にマラリアがある。マラリアはマラリア原虫が赤血球の中に住み着く病気で、蚊を介して伝染する。一度感染するとマラリア原虫を完全に駆除するのはむずかしく、一生苦しむことになる病気だった。治療法が進んだ現在でも、アフリカ大陸を中心にたくさんの人の健康を脅かしている。G6PD欠損症の人がマラリア原虫に感染すると溶血性貧血が起こる。するとマラリア原虫は赤血球の中に住めなくなる。だから、G6PD欠損症の人はマラリアにかかりにくい。そのため、マラリアが流行している地域(マラリア汚染地帯)ではG6PD欠損症は生存戦略上むしろ有利に働いたと考えられている(文献⑥)。アフリカや中東諸国にG6PD欠損症の人が多いのはこの結果だと考えられる。
地中海沿岸はマラリア汚染地帯の北辺に位置し、そこに偶然にそら豆があった。そら豆による溶血性貧血のリスクを背負ってもマラリアにかかりにくいほうが生存戦略上有利だったのだろう。しかしこれはそら豆を食べ続けた理由にはならない。そら豆を食べても食べなくてもマラリアへのかかり方にそれほど違いはないはずだからだ。エジプトを含む中東地域は農耕発祥の地であり、穀物を主食とする食生活が始まった土地である。穀物は、エネルギー(カロリー)は豊富だがたんぱく質が乏しい。一方、豆類はたんぱく質が豊富だ。日本人は大豆に注目し、エジプト人はそら豆に注目した。そして、G6PD欠損症の人たちを犠牲にしても、大勢の人たちのたんぱく質を確保するほうを選んだのだろう。乾燥させた豆類は保存も運搬も楽だ(写真S)。おもなたんぱく質源である肉や魚を保存するには(生活習慣病の大敵)食塩が必要だが、豆類はこれもいらない。そのうえに、肉などの動物性食品に比べれば、二酸化炭素排出量も必要な土地の面積も圧倒的に少ない(図4、文献⑨)。21世紀のわれわれが悩み、模索している「人類を飢餓と病苦から解放し、同時に地球を守る方法」を数千年も前に彼らはすでに実践していたといえるかもしれない。
S 豆屋の店先。Broad beans と書かれている袋がそら豆。(カイロ)
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歴史の流れ、ナイルの流れ
残念ながら、現在のエジプトはおせじにも魅力的な国とはいえない。カイロ中心部のビル群は4000年以上前のギザのピラミッド群よりも荒れ果てていたし、カイロ最大の交差点、タフリールに信号はまったくなく、車は歩行者を見ればアクセルを踏んでくるありさまなので、道路の横断は命がけだった(写真T)。ルクソールの町は、対岸の墳墓群の壁画で今しがた見てきた、3000年以上前の豊かで秩序立った社会からはほど遠く、町を歩けば子どもからうるさく小銭をせびられ、乗りたくもないタクシーや観光馬車にしつこくつきまとわれ、店に入れば、せいぜい10エジプトポンドのはずのミネラルウォーターを50エジプトポンドで売りつけられたりもした。もしも現在が過去の結果ならば、この現実をどう受け入れればよいのだろうか? そして、現在の結果として未来があるのならば、未来の地球と未来のエジプトのために、いま私たちはなにをすべきなのだろうか?
それでもナイルは今日もゆったりと流れ、エジプトを潤し続けている(写真U)。やはりエジプトはすごすぎた。
T ホテルの窓から見た風景。タフリールの交差点の一部。奥はナイル川。(カイロ)
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U ナイルの夕景。渡し舟が見える。向こう岸には3000年以上昔の王や王妃が眠る墳墓群が広がる。(ルクソール)
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※ 『佐々木敏の栄養データはこう読む! 第2版』「地中海食は和食より健康的か?」(241~248ページ)、『佐々木敏のデータ栄養学のすすめ』「ギリシャ 地中海食はなぜ世界の健康食になれたのか?」(282~289ページ)、『栄養と料理』連載「栄養疫学者の深謀遠慮をふり返る 地中海食はなぜ世界に広まったのか?」(2019年7月号、115~119ページ)でくわしく紹介している。
参考文献
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- Vilarnau C, et al. Worldwide adherence to Mediterranean Diet between 1960 and 2011. Eur J Clin Nutr 2019; 72(Suppl 1): 83-91.
- Trichopoulou A, et al. Adherence to a Mediterranean diet and survival in a Greek population. N Engl J Med 2003; 348: 2599-608.
- Fung TT, et al. Diet-quality scores and plasma concentrations of markers of inflammation and endothelial dysfunction. Am J Clin Nutr 2005; 82: 163-73.
- Luzzatto L, et al. Favism and glucose-6-phosphate dehydrogenase deficiency. N Engl J Med 2018; 378: 60-71.
- Nkhoma ET, et al. The global prevalence of glucose-6-phosphate dehydrogenase deficiency: a systematic review and meta-analysis. Blood Cells Mol Dis 2009; 42: 267-78.
- Hagag AA, et al. Study of glucose-6-phosphate dehydrogenase deficiency: 5 years retrospective Egyptian study. Endocr Metab Immune Disord Drug Targets 2018; 18: 155-62.
- 前田和美。マメと人間――その一万年の歴史(作物・食物文化選書9)。古今書院、1987。
- Nijdam D, et al. The price of protein: Review of land use and carbon footprints from life cycle assessments of animal food products and their substitutes. Food Policy 2012; 37: 760-70.
佐々木 敏
東京大学名誉教授、日本栄養大学大学院客員教授
ささきさとし●三重県出身。医師、医学博士。国立健康・栄養研究所栄養疫学プログラムリーダー、東京大学大学院医学系研究科教授等を歴任。「日本人の食事摂取基準」(厚生労働省)策定において中心的な役割を担い続けている。趣味は国内外の市場めぐりと食べ歩き。


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