クロアチア(ダルマチア地方) カルシウム不足と大腿骨骨折と海のバルカン史/佐々木敏「食の旅、病の地図」

栄養 食文化 佐々木敏 Book

目次


     クロアチア(クロアチア共和国)は、九州と四国を合わせたくらいの面積におよそ400万の人が住む、蝶が羽を開いたような形をした国で、ヨーロッパ大陸の南東部、バルカン半島の西部にある。バルカン半島は南側に頂点を持つ二等辺三角形をしていて、北辺はドナウ川などの主要河川が流れ、開けていて、さまざまな民族の通路となってきた(地図下※1。クロアチアの右側の羽と首都ザグレブはこの通路上にある。一方、左側の羽は地中海の一部、アドリア海に面していて、ダルマチア地方はこちらにある。この間にはディナール・アルプス山脈が走っていて、両者は地形も気候も歴史も異なる。

    20世紀(1929~1991年)のバルカン半島の地図
    ユーゴスラビア時代

    バルカン半島の歴史

     20世紀、バルカン半島は、ギリシャと、トルコのヨーロッパ側に加えて、ルーマニア、ブルガリア、ユーゴスラビア、アルバニアという4つの社会主義国で構成されていた。ユーゴスラビアは1929年にできた国で、文字どおり、南スラブ人の国といった意味である。しかし、「7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字、1つの国家」と形容されるほど複雑な国である。バルカン半島はヨーロッパの火薬庫とも呼ばれ、第一次世界大戦はここから始まった(出典①)。ユーゴスラビアはこの問題を内包して誕生した国である。

     スラブ人は、今のウクライナやポーランドあたりに起源を持つ民族で、その一部が6世紀ごろに南西に移動してバルカン半島におちついた。南スラブ人と呼ぶこともある。彼らは同じスラブ系のロシア人やウクライナ人と同じくギリシャ正教を信仰した。13世紀に入ると、イスラム教を信仰するオスマン朝(トルコ)が東から勢力を拡大し、その後、バルカン半島はイスラム化していった。クロアチアの国土のくびれた部分の東側はボスニア・ヘルツェゴビナで、この国には今でもイスラム教徒が多い。一方、スラブ系でありながら、クロアチアとその北西側にあるスロベニアではローマ・カトリック教徒が多く、対照的である。1989年にベルリンの壁が崩壊すると、1991年、ソビエト連邦の崩壊に先立ち、両国は独立を宣言した。しかし、クロアチアは国内の独立反対派やユーゴスラビア連邦軍との凄惨な紛争に巻き込まれた。一応の終結を見て、国がおちついたのは95年であった。同じころ、ほかの地域も分離独立し、ユーゴスラビアは7つの国に分裂し、消滅した※2

     しかしこれはおもにバルカン半島の内陸側、クロアチアでは右側の羽を中心とする歴史である。ダルマチアの目の前にあるアドリア海はイタリアやギリシャ、エーゲ海を経てトルコにつながっていて、古来アジアやアラブからの産物を西ヨーロッパに運ぶ重要なルートの一つとなっていた。この地の利を活かして、ダルマチアは古くはギリシャ、その後はローマやベネチアと海の道でつながり、海上貿易で栄えてきた。陸のバルカン史を背にした海のバルカン史を食べ物で確かめようと、アドリア海沿岸に並ぶ4つの世界文化遺産都市を訪ねた。

    アドリア海に並ぶ真珠

     4世紀の初め、ローマ帝国の皇帝ディオクレティアヌスは皇帝を退位するとスプリットに宮殿を建てて移り住んだ。バルカン半島に移動した南スラブ人は、7世紀、スプリットにも侵入して宮殿を破壊した。すると、住民は宮殿の基礎部分はそのままにその上に町を再建した。この町は旧市街として現存する(写真A)。スプリットの西20kmには小さな島がまるごと城壁で囲まれた歴史都市トゥロギールがある。その起源はギリシャ時代にまでさかのぼり、15世紀、このあたりを支配したベネチア人が築いた砦もあり、狭い路地を歩くと中世に迷い込んだ気分になる(写真C)。

    A スプリットの旧市街に今も残るディオクレティアヌスの宮殿の一部。

    B スプリットの旧市街の路地。通り名にはディオクレティアヌスの名前がつけられていた。

    C トゥロギールの旧市街の路地。クロアチアの国旗が飾ってあった。

     

     スプリットからバスでおよそ4時間走ると「アドリア海の真珠」ドゥブロブニクに着く。途中、山間に平地が開けた所もあったが、畑が広がるばかりで大きな町はなかった(写真D)。この地域がいかに海に頼って生きてきたかがわかる。ドゥブロブニクの旧市街は海に突き出た城塞都市で、すぐ背後に山が迫る。これほど堅固な構造の都市はなかなかないだろう(写真E)。ベネチアがこのあたりを支配した時代にもラグーサ共和国として独立を守り抜いた。ユーゴスラビア崩壊時にはこの町も紛争に巻き込まれ破壊されたが、市民の手によって再建され、今ではかつての美しさをとり戻している。

    D スプリットからドゥブロブニクへ向かうバスの車窓から見えた夕景。山間に開けた平地に畑が広がっていた。

    E 海に突き出た要塞都市ドゥブロブニク。坂道を登って旧市街を見下ろしたところ。

    F 赤屋根が特徴のレンガ造りの家がびっしりと建つドゥブロブニク旧市街の風景。

    G 城壁ののぞき窓から見えたアドリア海。(ドゥブロブニク)

     ドゥブロブニクから複雑な海岸線に沿ってさらに南東に走り、国境を越えてモンテネグロに入るとやがてコトルに着く(写真H)。こちらはベネチアの植民都市だった。このようにアドリア海に並ぶ都市はいずれも海でつながり、海で栄えてきた。

    H 泊まった民宿のアパートの窓から見た風景。町のすぐ背後に山が迫る。(コトル)

    I コトルの旧市街の路地。モンテネグロの国旗が飾ってあった。

    海からの恵み、山を越えた糧

     だから海の幸は豊かだ。小イカと小魚のフリット(揚げ物)と、衣をつけずにオリーブ油で表面を焼いただけの小イワシはその代表だろう。どちらも新鮮だからこそのおいしさだった(写真J)。どの町でも魚をねらうかもめが闊歩していて、鳩や猫よりも幅をきかせていた(写真L)。

    J 地中海料理の定番、小イカと小魚のフリット(揚げ物)。皮が厚くてごつごつしたレモンを搾り、せっかくなので追いオリーブ油もして食べた。魚市場の脇にあった人気店にて。(スプリット)

    K 衣をつけずにオリーブ油で表面を焼いただけの小イワシの料理。地元客に人気の店にて。(スプリット)

    L 小さな食堂の前でメニューをながめるかもめ。本当はおこぼれがねらい。(スプリット)

     アドリア海の対岸はイタリアだからイタリア料理も多い。パスタやピザはもちろん(写真M)、北イタリアの影響かリゾットもおいしく、中でもイカ墨と魚介のトマト味が人気のようだった(写真N)。味つけにはアンチョビーも使われ、スプリット旧市街の魚市場では手作りのアンチョビーが売られていた(写真O)。イワシ料理を食べた店で、塩ダラのブルデットを見つけた(写真P)。塩をして干したタラを水でもどしてトマトで煮込んだ料理で、じゃが芋でとろみがつけられていた。カトリック教徒には四旬節と呼ばれる肉食を断つ期間がある。安価で輸送も保存も容易な塩ダラはカトリック教徒にとって欠かせない食材となり※3、カトリックを信仰する地域に広がっていった。クロアチアはその東端に位置する。タラがしっかりと塩辛かったことも歴史に忠実だった。

    M 牛肉のラグーのパスタ(リガトーニ)とダルマチア産のハムを使ったピザ。夕食。テラス席だったので暗いが雰囲気は抜群だった。(ドゥブロブニク)

    N 遅めの昼食。明るいテラス席でイカ墨のリゾットを楽しむ。写真手前は魚介とトマトのリゾット。やはり白ワインが合う。(ドゥブロブニク)

    O 手作りのアンチョビーが入った桶。旧市街の中の魚市場にて。(スプリット)

    P 塩ダラのブルデット。タラがしっかり塩辛かったことも歴史に忠実だった。ブルデットは魚介をトマトで煮込む、スプリット周辺の伝統料理。(スプリット)

     しかし魚介を出すレストランに集まっていたのはおもに観光客で、どちらかといえば、地元民はチェヴァピを売るファストフード形式の店のほうに集まっているようだった。ピタ(平たいパン)にはさんでテイクアウトできる店が多い。チェヴァピはバルカン半島全体で食べられているミニハンバーグで、羊肉のトルコ料理キョフテが豚肉に変わったものと思われる(写真Q)。こちらは海からではなく、背後にあるディナール・アルプスの北側から山を越えて伝わったものだろう。ダルマチアでは海の歴史と陸の歴史の両方を味わえる。

    Q ピタ(平たいパン)にはさんだチェヴァピ。トルコ料理のキョフテが起源と思われるミニハンバーグ。バルカン半島全体で食べられている。手ごろな価格で人気。「大」を頼んだらチェヴァピが10個も入っていた。かかっていたのは刻み玉ねぎ入りのピリ辛のトマトソース。(スプリット)

    カルシウム不足と大腿骨骨折

     1979年、ダルマチアの北西側、同じく蝶の左側の羽(つまりアドリア海側)にあるイストラ地方と右側の羽(つまり内陸側)にあるポドラビナ地方で、大腿骨近位部骨折発症率と食習慣がそれぞれどのように違うかを調べた研究が発表された(文献②)。大腿骨は太ももにある長い骨で、つけ根(大腿骨頭)は丸くなっていて、腰の骨(腰骨:ようこつ)にある受け皿にはまっている。歩いたり走ったりすわったりするときは腰骨が支点になってこの部分が動く。大腿骨頭の下(近位部)は細くなっていて、大腿骨に無理な力がかかるとこの部分が折れてしまう。これが大腿骨近位部骨折、いわゆる大腿骨骨折である。骨密度が低く、骨に鬆(す)が入っている状態が骨粗鬆症で、骨粗鬆症を基礎として起こる骨折を脆弱性骨折と呼ぶ。大腿骨骨折は脆弱性骨折の代表である。骨粗鬆症も脆弱性骨折も高齢者、特に高齢女性に多い。

     この研究は、大腿骨骨折発症率が内陸側よりも地中海側で高いことを示した(図1)。

    図1 クロアチアの2つの地方(イストラ地方とポドラビナ地方)でカルシウム摂取量と大腿骨近位部骨折の発症率を比べた研究

    文献② Matković, et al. Bone status and fracture rates in two regions of Yugoslavia. Am J Clin Nutr 1979; 32: 540-9.

     最も特徴的な食習慣の違いはカルシウム摂取量で、地中海側は内陸側の半分にも達していなかった。骨のおもな構成成分がカルシウムであることを考えればあたりまえの結果だが、解剖学や生理学からの推論や動物を使った実験ではなく、普通に暮らしている人たちを調べた先駆的な疫学研究だった。

     1988年、50~79歳のアメリカ人成人男女957人の食習慣を調べ、その後14年間における大腿骨骨折発生率との関連を調べた研究が発表された。こちらでも両者の間に負の関連が報告された(図2文献③)。この研究はカルシウム摂取量を1人ずつ調べたうえでその後の骨折の有無を調べる「コホート研究」という方法で行われた。そのため、図1の研究よりも信頼度が高く、さらに、10種類もの栄養素の摂取量との関連についても調べたうえでカルシウムだけが骨折と関連していることを示したため、この論文のインパクトは大きかった。こうして、日本も含めて世界中でカルシウム不足の注意喚起がなされ、乳製品を中心にカルシウムの摂取源となる食品の積極的な摂取がすすめられた。

    図2 習慣的なカルシウム摂取量とその後14年間における大腿骨近位部骨折の発症率の関連を調べたコホート研究の結果

    アメリカでの研究。カルシウム摂取量によって分けた3群における骨折発症率。
    「低」は469㎎/日以下、「中」は470~764㎎/日、「高」は765㎎以上/日。

    文献③ Holbrook TL, et al. Dietary calcium and risk of hip fracture: 14-year prospective population study. Lancet 1988; 2: 1046-9.

    カルシウム説への疑問

     その後、カルシウム説を確かめるために図2にならった方法の研究が世界各地で行われた。2004年、それまでに行われたおもな研究結果がまとめられると、不思議なことに、ほとんどの研究でカルシウム摂取量と大腿骨骨折発症率は関連していなかった(図3文献④)。乳製品の摂取量と大腿骨骨折発症率についても、日本の研究以外は関連が認められなかった(図4文献⑤)。どうやら、「カルシウム不足(だけ)→大腿骨骨折」といえるほど単純ではなかったようだ。

    図3 2004年に、それまでに行われた「習慣的なカルシウム摂取量と大腿骨近位部骨折の発症率の関連を調べた研究(コホート研究または症例対照研究)」の結果をまとめた研究(メタ・アナリシス)

    文献④ Xu L, et al. Does dietary calcium have a protective effect on bone fractures in women? A meta-analysis of observational studies. Br J Nutr 2004; 91: 625-34.

    図4 2005年に、それまでに行われた「習慣的な乳製品摂取頻度と大腿骨近位部骨折の発症率の関連を調べた研究(コホート研究または症例対照研究)」の結果をまとめた研究(メタ・アナリシス)

    文献⑤Kanis JA, et al. A meta-analysis of milk intake and fracture risk: low utility for case finding. Osteoporos Int 2005; 16: 799-804.

    地中海食と骨折リスク

     地中海食はヨーロッパの食事としては乳製品が少ない。これは地中海食が骨の健康には好ましくない可能性を示している。したがって、図1は地中海食の弱点を突いた研究とも読める。ところが、2010年代に入ると地中海食と大腿骨骨折発症率の間には負の関連がある(つまり、地中海食は骨折を防ぐ)ことを示した論文が次々と発表され、それまでの研究をまとめた2025年に発表された論文で両者の関連はほぼ確実となった(図5文献⑥)。その中で、2021年にスウェーデンから発表された研究は興味深い。この研究は8万人以上の人のカルシウム摂取量の多少と地中海食らしさを調べて、それぞれで「高」「中」「低」の3群に対象者を分け、合計9群における大腿骨骨折発症率の違いを比べた(図6文献⑦)。その結果、①カルシウムも地中海食も骨折を防ぐこと、②地中海食のほうがカルシウムよりもその力が強いことを示した。

    図5 2025年に、それまでに行われた「地中海食の程度(地中海食スコア)と大腿骨近位部骨折の発症率の関連を調べた研究(コホート研究)」の結果をまとめた研究(メタ・アナリシス)

    文献⑥ Fa-Binefa M, et al. Mediterranean diet and risk of hip fracture: A systematic review and dose-response meta-analysis. Nutr Rev 2025; 83: 1133-43.

    図6 カルシウム摂取量の多少と地中海食スコアの違いの組み合わせが大腿骨近位部骨折とどのように関連しているかを20年間にわたって8万人以上のスウェーデン人で調べたコホート研究

    文献⑦ Warensjö LE, et al. Combinations of dietary calcium intake and mediterranean-style diet on risk of hip fracture: A longitudinal cohort study of 82,000 women and men. Clin Nutr 2021; 40: 4161-70.

     ほかの健康問題と同じく、骨折にはたくさんの要因がからんでいる。たとえば、カルシウムの吸収にはビタミンDが関与するし、たんぱく質も骨のたいせつな構成要素である。これらそれぞれが骨折を防ぐ力は弱いが、これらをうまく組み合わせればカルシウム単独よりも大きな力となりうる。これが21世紀になって広まった考え方である。

    複雑なバルカン史と複雑な骨の健康

     バルカン半島の民族は統一と分裂をくり返してきた。20世紀には「社会主義」というイデオロギーのもと、一つにまとまるかに見えた。しかしそれは幻だった。単純明快な思想や説明はわかりやすく響きやすい。しかし、社会や国家はそれほど単純ではない。

     骨の健康も同じだ。カルシウム不足だけで大腿骨骨折を説明できないのは、じつはあたりまえだったのだろう。先駆的な2つの研究がカルシウムだけを支持した理由は今もってわからない。しかし、このほうが説明しやすくわかりやすかったのは確かだ。社会も骨の健康も複雑系への理解と対応が急がれる。

    ※1 どの地域をバルカン半島と呼ぶかはかならずしも定まっていない(文献①)。
    ※2 2008年にセルビアからコソボが独立を宣言し、合計7か国になった。しかしセルビアは現在でもコソボの独立を認めていない(2026年6月1日時点)。
    ※3 塩ダラとカトリック教徒のかかわりの歴史とその健康影響については、『栄養と料理』2020年5月号「佐々木敏がズバリ読む栄養データ 連載特別編『ポルトガル バカリャウ(塩ダラ)と大航海時代の夢』」(24~30ページ)で紹介している。

    参考文献

    1. 佐原徹哉(編)。バルカン史(上)。山川出版社、2024年。
    2. Matković V, et al. Bone status and fracture rates in two regions of Yugoslavia. Am J Clin Nutr 1979; 32: 540-9.
    3. Holbrook TL, et al. Dietary calcium and risk of hip fracture: 14-year prospective population study. Lancet 1988; 2: 1046-9.
    4. Xu L, et al. Does dietary calcium have a protective effect on bone fractures in women? A meta-analysis of observational studies. Br J Nutr 2004; 91: 625-34.
    5. Kanis JA, et al. A meta-analysis of milk intake and fracture risk: low utility for case finding. Osteoporos Int 2005; 16: 799-804.
    6. Fa-Binefa M, et al. Mediterranean diet and risk of hip fracture: A systematic review and dose-response meta-analysis. Nutr Rev 2025; 83: 1133-43.
    7. Warensjö LE, et al. Combinations of dietary calcium intake and mediterranean-style diet on risk of hip fracture: A longitudinal cohort study of 82,000 women and men. Clin Nutr 2021; 40: 4161-70.

    佐々木 敏
    東京大学名誉教授、日本栄養大学大学院客員教授

    ささきさとし●三重県出身。医師、医学博士。国立健康・栄養研究所栄養疫学プログラムリーダー、東京大学大学院医学系研究科教授等を歴任。「日本人の食事摂取基準」(厚生労働省)策定において中心的な役割を担い続けている。趣味は国内外の市場めぐりと食べ歩き。

     


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