スリランカ「世界の朝ごはんめぐり」Webマガ版2025年7月号

文と写真/岡本啓史(国際教育家)

スリランカの主要言語の1つであるシンハラ語では「アーユボーワン(ආයුබෝවන්)」という言葉で一日が始まります。これは朝から晩まで使える便利なあいさつで、「あなたが長く、健康で幸せに生きられますように」という願いが込められています。また「スバ ウダサナック(සුභ උදෑසනක් )」と朝特有のカジュアルなあいさつをすることもあります。

さて、シンハラ語の文字を見て、丸みを帯びた形の不思議な文字だなあと思ったのは私だけではないかもしれません。そもそも「スリランカ」と聞いて、あなたはなにを思い浮かべるでしょうか? お茶?スパイス香るカレー?あるいは象やビーチリゾート、仏教の聖地でしょうか? 名前は知っていても、その素顔までは知られていない……そんな国かもしれません。

スリランカは南アジアに位置する熱帯の島国で、美しい自然、多様な生態系、豊かな文化にあふれています。緑におおわれた山々、古代遺跡、にぎやかな都市は、「インド洋に浮かぶ真珠の首飾り」とも称されるほど。そして紅茶の一種として有名な「セイロンティー(Ceylon Tea)」はこの地で生まれ、穏やかな朝にぴったりの飲み物として世界じゅうで親しまれています。

今回ご紹介するのは、スリランカ・コロンボ在住のスヴィシュミ・ニルマニ(通称スヴィ)さんです。国際NGOでプロジェクトコーディネーターとして働くスヴィさんは、最近結婚したばかり。もともとは料理が苦手だったそうですが、結婚を控えたある日、母親に「覚えなさい!」と教え込まれたことがきっかけで、なんと料理の魅力に目覚めたのだそうです!

今では、スリランカの多様なスパイスを自在に操り、新しいレシピに挑戦することが日々の楽しみに。さらに舞台演劇にも情熱を注いでいるため、仕事以外はキッチンもしくは舞台にいることが多く、想像力と表現力に満ちた毎日を送っています。

さて、スリランカでは食事の配分について、以下のようにいわれることが多いそうです。

「朝食は王様のように、昼食は庶民のように、夕食は貧民のように食べなさい。」

つまり、朝はしっかり栄養を摂ることが大事。西洋に同様の格言がありますが、スリランカでも古くから伝えられているようです。スリランカでは、朝食は必ずしもご飯とカレーだけではありません。自然の恵みを生かした、シンプルでボリュームのある食事を楽しむこともあります。スヴィさんが今回紹介してくれた「ゆでキャッサバと、ココナッツサンバル(別名ポルサンバル、またはサンボル)」は、そんな朝食の1つです。

キャッサバは、何世代にもわたってスリランカの家庭で親しまれてきた、定番といえる根菜です。栄養価が高く、ボリューム満点で、朝食に最適です。特に「手軽に満足できるものが欲しい日」には最適です。ゆでるとキャッサバはやわらかくなり、ほのかな甘味とクリーミーな食感になります。この食感は、スリランカのココナッツサンバルと絶妙にマッチします。

ココナッツサンバルは、すりおろしたココナッツにとうがらし、塩、ライム、玉ねぎを加えて作る、スパイシーでさわやかな副菜です。ココナッツの濃厚な風味とキャッサバのマイルドな甘味が絶妙に調和し、一口ごとに心安らぐおいしさが広がります。干し魚を添えたり、ココナッツオイルを垂らして風味をプラスしたりするのもおすすめです。

この朝食は、スリランカ料理がいかに自然と寄り添っているかを気づかせてくれます。シンプルな食材、新鮮な風味、そしておなかだけでなく心も満たしてくれる食事です。スリランカならではの朝食ともいえるゆでキャッサバとココナッツサンバルは、簡単で栄養満点で、この島国の温かさがたっぷり詰まっています。まさに「栄養とパワーをしっかりチャージ」できる一皿でしょう。

「スヴィさんにとって食とはなにか?」と尋ねてみたところ、「誇りに思っている自国の文化を象徴するもの」という言葉が返ってきました。

「スリランカの食は、大地からの贈り物です。代々受け継がれてきた田んぼで育ったお米、空気を満たすスパイスの香り、バナナの葉に包まれた家庭のぬくもり。私たちは “分かち合うこと”、“立ち止まって味わうこと”、そして “笑顔でいる理由を見つけること” をたいせつにしています。それらを与えてくれるのが私にとっての“食”です。」

遠く離れているように見える日本とスリランカですが、じつはこんな共通点があります。

  • 自然との共生:四季や気候とともに生きる暮らし方。
  • 仏教がおもな宗教の1つ:両国ともに仏教を精神文化の中心に据えてきた歴史があります。
  • おもてなしの心:食を通じて人と人がつながる文化。
  • カレーとお米文化:スパイスやだしで深い味わいをたいせつにする点(スリランカのカレーの方が日本よりも辛めです)と、主食がお米である米文化が深く根付いています。
  • 際協力:JICAなどを通じて教育や農業支援の歴史もあります。
  • お茶文化:お茶を水分としてただ飲むのではなく、人と人とのつながりや精神的なおちつきをたいせつにする時間として扱います。

味わい豊かなセイロンティー(ミルクティー)

あるとき、私は国際NGOのコンサルタントとして、スリランカ教育省のワークショップを担当することになりました。従来の国語や算数などの教科に特化した教育ではなく、自己認識、コミュニケーションや立ち上がる力、共感力などの「非認知スキル」(Social and Emotional Leaning 社会性と情動の学習)を教育政策に落とし込むプロセスで、教育省の要人・関係者に対してワークショップを行なう必要性があったからです。新たなものを政策に組み込むという挑戦的なテーマでしたが、そこで頼りになる存在だったのが、現地で調整役を担当していたスヴィさんでした。

外国人である私と教育省からの参加者との双方に気配りするスヴィさんの仕事ぶりはプロフェッショナルであり、私にとって、とてもありがたいものでした。

その休憩時間、私が彼女に「私は世界の食文化に興味があり、いろいろな人に世界のおいしさを伝えたい」と立ち話をすると、「よかったら今晩、うちでスリランカ料理を作るのでいっしょに食べませんか?」とスヴィさん。その一言で、心がほぐれたのを覚えています。

素敵なパートナー(新婚相手)といっしょに温かく迎えてくれて、そこで私は「スパイスがきいたチキン」や「彩り豊かなスイーツ」と出合いました。

「スリランカ料理は多種多様。いろんな材料を使っていろんな味を創造し、いろんな人といっしょに食べることでつながりができる。スリランカ料理で朝が始まると、それだけで気持ちが穏やかになるんです」――そんなスヴィさんのコメントが、今回のインタビューの中でも特に印象に残りました。

スリランカの魅力を端的に表現するなら、新鮮な食材やスパイスの豊かさ、そして笑顔で分かち合う、思いやりに満ちた人々の温かさなのかもしれません。もっとこの場所でこの人たちといっしょにいたい、そう思わせてくれる、そんな素敵な出会いに感謝しています。

次回はどの国の朝ごはんが登場するのか、どうぞお楽しみに!

 

【筆者プロフィール】岡本啓史(おかもと・ひろし)●国際教育家、生涯学習者、パフォーマー。これまで国連やJICA等で5大陸・45カ国の教育支援を実施。ダンサー、役者、料理人、教師の経歴も持つ。学びに関するブログを5言語で執筆し、ライフスキル教育、講演活動、グローバル学び舎3L-ミエル運営など、日本内外で国際理解・幅広い学びやウェルビーイングの促進に注力中。著書『なりたい自分との出会い方:世界に飛び出したボクが伝えたいこと』(岩波書店)『せかいのあいさつ』全3巻(童心社)監修。サイト/SNS:https://linktr.ee/mdhiro

栄養と料理2025年7月号