本誌72〜78ページの企画のスペシャルコンテンツをご紹介します。

(左)平松洋子さん(右)佐々木敏さん 撮影/島崎信一
『栄養と料理』4月号 対談 佐々木敏さん×平松洋子さん
「栄養と文化のあいだ――健康的に食べるとはなにか」から
『栄養と料理』2026年4月号では、栄養疫学者の佐々木敏さん、作家の平松洋子さんが、現代の食をめぐって感じていること、考えていることを語り合いました。
対談の中で話題になったのは、毎日あたりまえのように続いている「食べる」という行為を、ときには立ち止まって考えてみる場を作る、ということ。
その一つのヒントとして語られたのが、自分の慣れ親しんだ環境や習慣から少し距離を置くこと――異文化の中に身を置いた旅の話でした。 ここでは、誌面では紹介しきれなかったエピソードの一部をお届けします。
日々の食から、ときには離れてみる――異文化に身を浸す旅
平松
日々の食を見直してみたいとき、だれにでもできる、佐々木先生のおすすめの方法はありますか。
佐々木
それはね、食べないことではなくて、むしろ違う食べ方をしている所に飛び込んでみることだと思います。旅です。いわゆるグルメの旅ではなくて、異文化の中に自分を浸してみる旅。
「この土地では、こんなものを、こんなふうに食べている人たちがいるのだ」ということを、評価や情報を介さずに、そのまま見る。
できれば、普通の人が日常的に食べている場所に行くことです。
平松
最近の旅の傾向は、その「日常」が旅の中から消えていっている感じがしていて。
朝はこの喫茶店でこのセット、昼までにここをまわって、夜は予約した店へ——タイムスケジュールに沿って動いて、評価の高い店を追いかけて、何を食べたかが価値になる。
佐々木
予定が埋まりすぎていると、ズレが起きにくくなるんですよね。
平松
そうなんです。迷わないし、失敗もしない。でも、そのぶん、自分の感覚が動く余地が狭くなってしまう。
本来の旅って、もっと不安定で、予定どおりにいかないものだったはずなのに。
佐々木
ぼくは旅の価値は、「自分だけが違う立場に置かれること」にあると思っています。そうすることで、自分の今の環境も客観的に見えてくる。
たとえば、ぼくは「朝ごはんはごはんを食べる」のあたりまえ。でも、「朝は果物だけ」、という食文化の国で、地元の人が集う店で同じ朝ごはんを食べてみる。
周りの人は楽しそうなのに、自分にとってはどこか落ち着かない。その違和感が、とても大事なんです。良いか悪いかは、そのあとに考えればいい。

平松
それは、日常のある種の「快」からも一度離れることによって、引き起こされる、ざわっとする感じを前向きに受けとりにいく、ということですね。
予定調和のない旅は、日常に違う視点をもたらしてくれます。
佐々木
そう。まずは「そういう食べ方がある」という事実を、頭ではなく体で知ること。その体験が、あとから考えるための材料になります。
じつは、一昨日前まで、クレタ島に行っていたんです。地中海食の発祥の地で、日本と同じく長寿食で知られています。
そこで地元の人のレストランで普通の人の食行動をみていたんですが、いちばん驚いたのは、レストランでだれもスマホを見ていなかったことです。みんな、楽しそうに食べておしゃべりして、お店の滞在時間がとても長い。混んでいて、待っている人もいるけど、お店の人もだれもせかさない。そのうえ最後に「お店からです」と、お菓子とラキ(ブドウの蒸留酒)が出てきて。素敵でしょ。
平松
その場と時間を味わうことを、お互いが、ちゃんと尊重し合っているんですね。
佐々木
そうなんです、そうしたことも含めて、食事であり、文化であり、ひいては人の生き死にや、健康に結びつくのだなと思います。
ネットの画像や情報で「地中海食」を知ったつもりになっても、あの空気感は伝わらない。現地に行くと、音や匂い、人との距離感が全部リアルに入ってきて、そこから逃げられない。その「避けられなさ」が、すごくいい学習体験になります。

平松
そうですね。そして旅って意外と、やりたかったことができたことより、できなかったこと、行きたいお店が閉まっていて行けなかったけれど、偶然入ったお店がおいしかったとか、道に迷ったとか、むしろそっちの方を覚えていたりしますよね。
私は以前、モロッコで、スークの中で迷ったことがあります。
外敵への備えや暑さ対策など、いくつもの理由が重なって、町全体が迷路のような構造になっているのですが、「本当に出られなくなるんじゃないか」と、全身が総毛立つような恐ろしさを感じて。
そしてそのあと、異様に甘いミントティーを飲んだときのほっとして生きて帰った満足感。あのとき、やっぱり糖分って大事なんだと思いました(笑)。
佐々木
スークがあのように複雑な街を作り、さらに、建物には窓がほとんどない。そこには、おそらく、良い意味も悪い意味もいろんな意味があったのでしょう。
その中でいったい何を食べているのかが見たくて、ぼくもどんどん入って行ったことがあります。
平松
そんなふうに旅をすると、衝撃的な食のシーンに数多く出合いますね。
わたしは、モロッコで、ハマム(イスラム圏の公衆浴場)から出る蒸気を利用して、各家庭から持ち込まれたタジンなべを温めている光景を見ました。
各家庭で材料をいれたタジンを持ち込み、預けて料理している公共の施設と個人の料理、つまり社会と家庭の営みがダイレクトにつながっていることに感動したのです。
また、タジンというモロッコならではの料理は、少ない熱源で材料に火を通す調理法が生み出したものだということを、そのとき理解しました。今でも忘れられない光景です。
佐々木
その土地の熱源をうまく利用して、栄養素を逃さないように、くふうしてきたということが見えてきますね。
モロッコの料理や街の構造を見ていると、限られた熱源をどう使い、どう栄養を守ってきたのかが見えてきます。それは、要素だけを切りとって再現しても、本質にはならない。
平松
そういったことは、やはり、そこに行って実際に体験してみることでしか、わからないことですね。
その後、対談では、異文化の中で見えてきた食の姿から、再び視点を日本に戻し、今の日本の食の課題や、私たちはどう食べていくのか、という問いが、さらに掘り下げられていきました。続きはぜひ本誌でお楽しみください。
(まとめ/編集部)
佐々木敏 栄養疫学者
ささきさとし⚫︎1957年三重県生まれ。医師、医学博士。東京大学名誉教授、女子栄養大学客員教授。長年、栄養疫学の視点から、食と健康の関係を探究。人の食行動や世界の食文化にも目を向けながら「根拠に基づく食と健康」を伝える。著書に『行動栄養学とはなにか?』など。
★『栄養と料理』「栄養と料理ぷらす」にて「佐々木敏がズバリ読む栄養データ」を連載中。
平松洋子 エッセイスト・作家
ひらまつようこ⚫︎1958年倉敷市生まれ。東京女子大学文理学部社会学科卒業。日本をはじめ世界各地を取材し、食文化や暮らしをテーマに執筆を行なう。2006年『買えない味』でBunkamuraドゥマゴ文学賞、2022年『父のビスコ』で読売文学賞受賞。近著に『本は誰かを連れてくる』がある。
★『栄養と料理』にて2008年1月号~2009年12月号まで、「読む味」を連載。

佐々木敏さんの新刊
『アジア食の旅、病の地図―地元メシから見える「民族の健康戦略」』
佐々木さんがアジア各国を旅しながら、栄養疫学者の視点から、地元メシと疾病の相関関係を読み解きます。女子栄養大学出版部/定価2,000円(税別)

栄養と料理2026年4月号
私の元気を作る 朝昼夕のヘルシー献立
紙版 3月9日発売
デジタル版 3月15日発売