さて、ペルーと聞いて、なにを思い浮かべますか?
天空の都市マチュピチュやナスカの地上絵がよく知られていますが、日本から見ると地球のほぼ反対側に位置しており、どこか遠い国のように感じるかもしれません。しかしペルーは、太平洋沿岸、アンデス山脈、アマゾン熱帯雨林という多様な自然環境を持ち、それぞれに異なる文化や食文化が息づく国です。
今回は、そんなペルーの朝ごはんを通して、この国の文化や人々の暮らしをのぞいてみましょう。

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今回の案内人|日系ペルー人・ヒデキさん
日系ペルー人のヒデキさんは、ペルー生まれペルー育ちです。最近までJICA関西※の仕事にかかわりながら日本で数年間暮らしていました。
2026年2月にペルーへ帰国後、現在はアマゾン地域の北部バグアで、ペルー全国選挙管理機関の映像コーディネーターとして働いています。
また、映像や映画を通して多文化共生を伝える活動にもとり組んでいます(ヒデキさんのサイト)。日本での多文化共生に関する映像制作にもかかわった経験を持ち、異なる文化や背景を持つ人々をつなぐ活動を続けています。
※ JICAとは、日本の政府開発援助(ODA)を一元的に担う実施機関である「独立行政法人 国際協力機構」の略称。
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ヒデキさんの朝ごはんーーアマゾン地域の伝統朝食「タカチョ」とは?

そして手に持つ飲み物は「カフェ・パサード(Café Pasado)」
「食文化のバリエーションが豊かなペルーで、どの朝ごはんを紹介するか選ぶのは本当にむずかしかったです。」と笑いながら話してくれたヒデキさん。実際、地域ごとにペルーの朝食文化は大きく異なります。今回は、その中でもアマゾン地域で一般的な朝ごはんを紹介してくれました。
現在ヒデキさんが滞在しているペルーの熱帯雨林地域には、「タカチョ」と呼ばれる伝統的な朝食メニューがあります。
タカチョはアマゾン地域を代表する料理の1つです。その主材料は、「プランテン(plantain)」と呼ばれる調理用バナナ。見た目は一般的なバナナによく似ていますが、甘味が少なく固いので、生ではなく、焼く・ゆでる・揚げるなど、加熱して食べます。

盛り合わせられた食堂の朝食メニュー。
タカチョを作るには、まずプランテン(調理用バナナ)をゆでる、または焼いてから、つぶします。そこへ塩や脂肪分(伝統的には動物性の脂)をしっかりと混ぜ込み、ひとかたまりにまとめます。その形は、まるで“アマゾン版おにぎり”のようです。
タカチョは地域や家庭、レストランによって多少のバリエーションがあります。使用するプランテンは、緑色の未熟なものだけでなく、少し熟したものや焼いたものを使う場合もあり、一緒に提供される肉類や付け合わせにも違いがあります。ただし、「焼いたプランテンをつぶしてまとめる」という基本部分は共通しているそうです。
アマゾン地域では、市場や家庭で食べられることが多く、市場では1皿あたりおおよそ10〜25ソル(約500円〜1200円)程度。ペルーのその他の地域ではアマゾン料理専門店などで提供されているそうです。
「『タカチョ』という名称は、ケチュア語の『taka chu(たたく・打つ)』に由来するという説もあり、プランテンをたたいてつぶす調理工程を表しているといわれています。」とヒデキさん。
通常は、セシーナ(豚肉の燻製)やチョリソー、魚などといっしょに提供されます。今回の朝食では、タカチョに加えてベーコンと、モテ(ゆでたトウモロコシ)が添えられていました。モテはペルーやボリビア、チリなどで広く食べられている伝統的な主食の一つです。
また、つけ合わせとして紫玉ねぎ。そして手にしたグラスには、ペルーの伝統的な飲み物として親しまれる「カフェ・パサード」が。これは、布製フィルターで抽出した濃いコーヒー液をお湯で割って飲む伝統的なスタイルのコーヒーで、地域によっては砂糖を加えることも多いそうです。濃いコーヒーに慣れている外国人は、この薄さにびっくりすることもあるようです。
「この地域では、プランテンは日本人にとっての“ごはん”のような存在なんです。ペルーは沿岸部・山岳部・アマゾン地域で食文化が大きく異なります」
ヒデキさんは、自身の出身地である沿岸部では米やパン、山岳部ではじゃが芋やとうもろこし、そして今回紹介したアマゾン地域ではプランテンが主食となることが多いと教えてくれました。

タカチョは、アマゾン地域の先住民族にルーツを持つ料理だといわれており、世代を超えて受け継がれてきた伝統的な食文化の一部です。
多種多様なバナナを使ったこの料理は、単なる朝ごはんではなく、ペルー・アマゾン地域の文化や歴史、そして自然環境と深く結びついた料理だそうです。同じ「食べ物」でも、文化や場所が違えば、その意味合いはまったく異なるものになります。
はるばる遠くまでマチュピチュを見にペルーを訪問するさい、もし国内を移動する機会があれば、ぜひアマゾン地域でこの「タカチョ」を試してみてください。
日本とペルーの歴史|移民125年とニッケイ料理が生んだつながり
日本とペルーは地理的には遠く離れていますが、人と文化の交流という面では、長い歴史を共有しています。ペルーは日本が南米で初めて外交関係を結んだ国であり、ペルー側も日本がアジアで最初に外交関係を樹立した国となります。
ペルーへの日本人移民は、1899年に「佐倉丸」が790人の移民者を乗せて到着したことから正式に始まりました。それ以降も多くの人々が移住し、今ではペルーの日系人は約20万人で、ブラジル、アメリカに次いで3番目の規模を誇り、日本とペルーを結ぶ重要な架け橋となっています※2。
※2 出典:JICA https://www.jica.go.jp/information/blog/1517455_21942.html
ペルーと日本のつながりを語るうえで欠かせない存在の一人が、日系人であるアルベルト・フジモリ元大統領です。
1990年にペルー大統領に就任した彼は、日本にルーツを持つ人物として世界的にも大きな注目を集めました。その後、娘のケイコ・フジモリ氏も政治の中心人物として活動しており、現在も「日系(NIKKEI)」という存在はペルー社会の中で広く知られています。
こうした歴史もあり、日本文化や日本人に対して親しみを感じているペルー人も少なくありません。そのつながりは歴史の中だけでなく、日常生活や文化、そして特に「食」の分野にも息づいています。
現在では、日本の調理技法とペルーの食材や味覚を融合させた「ニッケイ料理」は、世界的にも高く評価されています。こうした背景もあり、「日系」という存在は、現在もペルー社会の中で広く認識されています。
距離を超えて、人々や物語、そして食を通して、日本とペルーは今もつながり続けているのです。
ヒデキさんと筆者のつながり
ヒデキさんと私は、多文化共生や国際交流にかかわる活動を通して出会いました。
私は神戸で「グローバル学び舎3L―ミエル」という場を運営しており、さまざまな多文化イベントを企画しています。その中の1つに「ローカル」と「グローバル」を掛け合わせた「グローカルデー」というイベントがあり、ヒデキさんが中南米のお友だちと参加してくれたのです。
このイベントは、ミエルと隣家のコラボ企画で、庭を越えると日本(ローカル=隣家)、戻ってくると世界(グローバル=ミエル)を体験できるしかけになっています。10か国以上の国籍の異なる人々が集い、食や遊び、衣装体験などを共有し、そこで私たちは知り合うこととなりました。

集合写真では、右手前が筆者、そのちょうど頭の上あたりにヒデキさんが写っている。
一方、ヒデキさんは映像や映画を通して、移民を中心とした人々の物語を伝える活動をしています。彼が日本で開催した映画イベントにも参加し、そこでは、多様な文化が共に生きることのたいせつさや美しさを、強く感じました。そのイベントは、彼が日本を離れる数週間前の集大成の催しでもあり、まだ日本にいる間に彼の作品を観ることができたことをうれしく思っています。
●ヒデキさん主催の映画イベントのちらし(表・裏)



使う表現方法は違っていても、私たち、そしてこの「世界の朝ごはんめぐり」には共通する思いがあります。文化の違いは「壁」ではなく、学び合い、つながるための入り口になるということです。
食、映像、言葉……小さな出会いが、ときにまったく新しい世界への扉を開いてくれることがあります。
次はどんな朝ごはんと、どんな物語に出合えるでしょうか?
次回の「世界の朝ごはんめぐり」もお楽しみに。