脂肪酸によって融点が異なる
油脂には、常温で固体の「脂肪」と液体の「油」があります。いずれの油脂も、主成分は中性脂肪(トリアシルグリセロール)ですが、なぜ常温で固体のものと液体のものが存在するのでしょうか? それは、中性脂肪を構成している脂肪酸(Web連載第2回)の性質の違いによります。
脂肪酸は、炭素と水素からなる炭化水素骨格にカルボキシ基(-COOH)が結合した構造を持っています(『栄養と料理』2023年5月号)。また、多くの食品の脂質を形成する脂肪酸の炭化水素骨格は、炭素が4~22個でできています。4個の炭化水素骨格を持つ酪酸、6個のヘキサン酸、16個のパルミチン酸、18個のステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、α-リノレン酸、20個のアラキドン酸やEPA、22個のDHAなど多くの種類の脂肪酸から中性脂肪はできています。
炭化水素骨格の数は、脂肪酸の融点(固体からとけて液体になる温度)に影響を与えます。炭化水素骨格の炭素の数が多くなると、その脂肪酸の融点は上がるため、その脂肪酸からできている中性脂肪の食品は、常温で固体の状態で存在します。さらに、同じ炭素数の脂肪酸でも、二重結合があると融点が下がり、その数が多いほど融点が低くなります。
炭化水素骨格の炭素の数が18個で二重結合のないステアリン酸(飽和脂肪酸)の融点は69.6℃ですが、同じ炭素数で二重結合が1つ存在するオレイン酸(不飽和脂肪酸)の融点は13.3℃、二重結合が2つ存在するリノール酸の融点は-5.0℃、3つ存在するα-リノレン酸は-11.3~-10.0℃です(表)。このように、油脂はどの脂肪酸からできているかで融点が異なり、常温での状態が変わってきます。
マーガリンは製造工程で融点を高くしている
植物油は、リノール酸やα-リノレン酸からなる中性脂肪なので、常温では液体で存在しています。また、青魚の油は脂肪酸の炭化水素骨格が20個以上もありますが、二重結合が5個あるEPAや、炭化水素骨格が22個で二重結合が6個あるDHAが20~30%含まれているので、常温でも液体の油として存在しています。
飽和脂肪酸は融点が高く常温では固体で存在します。動物性の乳脂肪から製造されるバターは、飽和脂肪酸が40%以上存在するため常温ではとけず、融点は38~48℃です。しかし、バターは高価なので、安価な植物油からバターに似た性質のマーガリンが作られました。
マーガリンは常温ではかたまっていますが、原料の植物性油脂(大豆油、コーン油など)は常温で液体です。マーガリンを製造する工程に「水素添加」と呼ばれる工程があり、植物性油脂を構成する融点の低い不飽和脂肪酸のオレイン酸やリノール酸を、融点の高い飽和脂肪酸のステアリン酸に変換するため、常温でもかたまっているマーガリンを作ることができます(図)。
メーカーによって、融点を何度にするかが少し違っていて、各社特徴的な食感を持つ製品が製造されています。マーガリンを製造するための水素添加では、動脈硬化症を引き起こす可能性がある「トランス脂肪酸」ができることが知られていますが、日本人のマーガリンの摂取量はその危険が生じる量ではないことから、日本では摂取量の上限値を設定していません。
また、最近ではトランス脂肪酸の生成を減らすために、水素添加の割合を減らすくふうがされ、マーガリンのトランス脂肪酸量が低減されています。
★次回は、「白しょうゆはなぜ白いの?」の予定です。
『栄養と料理』2020年~2023年に掲載し、好評だった西村敏英さんの連載「『おいしさ』を科学する」。 本誌に引き続きWebマガで連載!
食べ物の不思議 おいしさを科学する
調理や保存方法など、さまざまな要因によって化学反応を起こす食べ物。その変化は「おいしさ」に
どのような影響を及ぼしているのでしょうか。
おいしく感じるしくみを科学的に解説します。
文 西村敏英 女子栄養大学食品栄養学研究室教授
え/飯山和哉
にしむらとしひで●農学博士。研究分野は「食肉と健康」、「食べ物のおいしさ」など。食べ物のおいしさの要因の一つである「コク」を定義し、「見える化(客観的評価)」と定義の「国際化」にかかわる研究活動を行なう。