ガーナ「世界の朝ごはんめぐり」Webマガ版2025年8月号

文と写真/岡本啓史(国際教育家)

「ンディ(Ndi)」は、西アフリカに位置するガーナの南東部に暮らす「エウェ族」の言葉(Eweエウェ語 /ˈeɪ.weɪ/)で「おはよう」を意味します。エウェ語は、西アフリカの沿岸地域に広く分布し、トーゴやベナン、ナイジェリア南西部でも話されています。

ガーナについて聞かれたら、多くの日本人はこう答えるかもしれません。

実際、ガーナチョコレートは1960年代から日本で親しまれてきました。そして、ガーナは世界第2位のカカオ生産国です。

しかし、チョコレート以外のガーナについてはどうでしょうか?

たとえば、ガーナは1957年にサハラ以南のアフリカで、初めて植民地支配から独立を果たした国です。首都アクラにある「ブラックスター・スクエア(独立広場)」には、その歴史を称える記念碑が建てられています。

それでは、さらにガーナについて深掘りしていきましょう。

今回紹介するのは、ガーナのエウェ族出身のパイアスさんの朝ごはんです。

パイアスさんは、現在ユニセフ(UNICEF)で勤務しており、社会人類学や行動変容の専門知識を持つ情熱的なガーナ人です。人々の行動の背景にある文化や社会構造につねに関心を持ち、「なぜ人はそのように振る舞うのか?」という問いを探求しています。

彼にとって「多様性」とは、ガーナの象徴である「ケンテ布(Kente)」のようなもので、ひとつひとつ異なる色や模様が織りなす布地のように、すべての文化や視点が人類の美しさを形作っているのだといいます。

パイアスさんの自宅での朝食風景。

彼の朝食は、ガーナで最も人気のある料理の1つ、「ワチェ(Waakye)」です。

ワチェは、米と豆(黒目豆)をベースに、ソルガムの葉で炊くことで赤みを帯びたごはんに仕上げます。トッピングには、ゆで卵、シト(辛い黒いソース)、キャッサバを粗挽きしたガリ、スパゲッティ、魚、肉などが添えられることもあり、一皿で栄養満点。

この料理は、北部ガーナのモレ=ダグボン族が起源とされ、ワチェという名前は、ハウサ語の「shinkafa da wake(米と豆)」が由来とされています。

また、南部ガーナに定住したハウサ族の女性、通称「ハッジャ(Hajia)」によって販売されることが多く、「おいしいワチェはハッジャから」ともいわれます。ちなみに「ハッジャ」は、サウジアラビアのメッカへの巡礼(ハッジ)を終えた女性に与えられる称号です(男性はハッジー)。

「パイアスさんにとってワチェとはなにか?」という質問に、彼はこう即答しました。

「自分の体も心も満足させてくれるもの。友人といっしょに気軽に食べられるし、裕福な人も貧しい人も、すべての層が“ガーナらしさ”を感じる料理なんです。たんぱく質と炭水化物が豊富で、一皿でいろんな味が楽しめる。それ自体が多様性の象徴です」

いつも笑顔で話し続ける話好きなパイアスさんからは、自国の食と文化に対する誇りのようなものを感じました。外の屋台でもよく売られているワチェは、持ち運びやゴミ捨てにも便利な葉で包まれ、多くのガーナ人に愛される代表的なメニューです。

ガーナと日本、一見遠く感じるかもしれませんが、じつはいくつもの共通点があります。

  • チョコレート: カカオが両国をつなぐ架け橋
  • 医療研究所: 黄熱病研究で貢献した日本人細菌学者・野口英世の名を冠した「野口記念医学研究所」がガーナにある
  • おにぎり: ガーナにも「オモトゥオ(Omo Tuo)」というおにぎりのような食べ物がある

筆者とパイアスさんが出会ったのは、国連のユニセフ北太平洋事務所という同じ職場(ミクロネシアにある)で働いていたときのことでした。長期にわたってコロナ禍で国境が閉鎖されていたため、直接会うことはできませんでしたが、地域づくりや教育を通して人の意識によい変化をもたらしたいという情熱を共有していました。

オンライン会議が毎日のように開かれる中、時差の関係でガーナの深夜3時や4時でも毎回出席しているパイアスさんの姿が印象的でした。明るく、そして積極的にミーティングに参加して、オンラインという課題ばかりの中でも少しでも現地の状況をよくしたいという姿勢に、筆者はいつも心を打たれて刺激を受けていました。

じつは、パイアスさんとのつながりはまだ続きました。同僚だったころからときどきSNSなどで連絡をとってはお互いの近況を紹介し、刺激をもらう仲でした。そんなある日、もっと距離がぐっと縮まるきっかけがありました。筆者が日本に帰国して神戸で運営を始めた「グローバル学び舎 3L-ミエル」の活動の一環として「5感で世界を身近に感じよう〜ガーナ編〜」を企画。ガーナの料理、映像、音楽、遊び、ストーリーを紹介するイベントに、パイアスさんがオンラインゲストで登場してくれたのです。
数年前に彼が見せていた同じ笑顔で、参加者からの質問に答えるだけでなく、いろいろな話を聞かせてくれました。ガーナのチョコレートが世界的に有名である一方、貧困家庭には手が届きにくい現実、そしてバレンタインデーにはチョコレートを手ごろに楽しめる「ナショナル・チョコレート・デー」が設けられていること。

そのほか、ガーナの伝統的な遊びや、ガーナから見た日本の印象、来日したときの経験についても語ってくれました。「多様性こそが世界をおもしろくする」と何度もくり返していたのが印象的です。イベント参加者は、誰一人としてガーナ料理やガーナ人に触れたことがありませんでしたが、みなパイアスさんとガーナの虜になって帰っていきました。

パイアスさんとのつながりや朝ごはんの紹介を通して、私が感じたこと。ガーナを特別にしているのは、多様な食材だけでなく、植民地や奴隷制などの苦い過去を乗り越えてもなお、笑顔で分かち合い、思いやりに満ちた人々の温かさです。

それはまるでチョコレートのように、苦味と甘味が混ざり合い、深い豊かさを生み出しているようでもあります。

次回はどの国の朝ごはんが登場するのか、どんなつながりがあるか、どうぞお楽しみに!

 

★パイアスさんのSNS:
Facebook pius_yapia_payee
Instagram pius_payee

【筆者プロフィール】岡本啓史(おかもと・ひろし)●国際教育家、生涯学習者、パフォーマー。これまで国連やJICA等で5大陸・45カ国の教育支援を実施。ダンサー、役者、料理人、教師の経歴も持つ。学びに関するブログを5言語で執筆し、ライフスキル教育、講演活動、グローバル学び舎3L-ミエル運営など、日本内外で国際理解・幅広い学びやウェルビーイングの促進に注力中。著書『なりたい自分との出会い方:世界に飛び出したボクが伝えたいこと』(岩波書店)『せかいのあいさつ』全3巻(童心社)監修。サイト/SNS:https://linktr.ee/mdhiro

栄養と料理2025年8月号