さて、「グアテマラ」と聞いて、なにを思い浮かべますか?
コーヒー、古代マヤ文明の遺跡、色鮮やかな伝統織物などでしょうか。
グアテマラは、非常に豊かな文化的多様性を持つ国で、先住民の人々の文化や言語が、今も日常生活の中に息づいています。中でもマヤ系先住民が国民の40%以上と、人口の大きな割合を占めています。公用語はスペイン語ですが、グアテマラでは22のマヤ系言語(前述のカチクケル語を含む)、さらにガリフナ語やシンカ語も話されています。
グアテマラでは、美しい風景や色鮮やかな伝統織物の色彩だけではなく、そこに暮らす人々、文化、そして日常生活の中で使われているさまざまな言語にも、その多様性が表われています。


今月の案内人:ビニシオさん
今月は、グアテマラ中央部にあるチマルテナンゴ県パツンに暮らすビニシオ(Vinicio)さんをご紹介します。
小学校教師であり体育教師。バスケットボールのコーチ兼選手でもあり、オンラインラジオ「Girasol Radio」ではコーディネーター兼DJを務めています。
ビニシオさんは、学ぶこと、教えること、そして新しいことに挑戦することが大好きな人です。教育に対する情熱を持つ一方で、人生を楽しみ、人と分かち合い、日々の小さなことの中に喜びを見つけることもたいせつにしています。
そんな彼にとって、いろいろな活動に追われる一週間の中でも「土曜日」は、少しペースを落とし、普段の忙しさから離れて、家族といっしょに過ごすなによりも特別な時間です。
そんなビニシオさんの土曜日の朝ごはんについて、くわしく教えてもらいました。

体育教師としての経験を生かし、他県(チマルテナンゴ)の自治体のスポーツ施設で審判を務めるビニシオさん。

グアテマラの朝ごはん|ナボ・ギサード、フリホレス・ネグロ、トルティーヤとコーヒー
ビニシオさんの土曜日の朝ごはんは、日常の延長線上にありながらも特別な時間です。
それは、リラックスして家族といっしょに朝ごはんを食べるひとときであり、食卓には素朴で自然、そして味わい深い料理が並びます。

- ナボ・ギサード(Hierba de Nabo Guisado):ナボ(かぶ)の葉をトマト、玉ねぎ、にんにく、少量の塩とともにいため合わせたもの。
- フリホレス・ネグロ(Frijoles negros):黒いんげん豆をラードと玉ねぎで炒(い)り煮にしたもの。
- とうもろこし粉のトルティーヤ(Tortillas de maíz):グアテマラ料理に欠かせない主食。
- グアテマラコーヒー(Café guatemalteco):朝ごはんにかならず添えられる、温かい煮出しコーヒー。

ナボ・ギサード
この朝ごはんの主役ともいえるのが、ナボ・ギサードです。とてもシンプルな料理で、ナボの葉を、トマト、玉ねぎ、にんにく、少量の塩といっしょにいためたり、ソテーしたりして食べます。
ナボは、この料理のほかにもスープにしたり、パンケーキのように焼いたり、卵といっしょに調理したりと、さまざまな食べ方で親しまれています。
こうした「身近な野菜や植物を食卓にとり入れる」ことは、グアテマラ各地に伝わる食文化の一例です。特に、マヤの人々の伝統的な食文化が今も受け継がれている地域では、その傾向が強く見られます。
ビニシオさんの家族にとって、このような料理をとり入れた「朝ごはん」の時間は、日々の恵みに感謝する、たいせつな時間でもあるそうです。
フリホレス・ネグロ
料理名にもなっている主材料「フリホレス・ネグロ(黒いんげん豆)」も、グアテマラ料理に欠かせない存在です。
今回は、ラードと玉ねぎでいためながら煮て、なめらかでクリーミーな食感に仕上げられています。
そしてこの黒い豆以外にもさまざまある「豆」は、とうもろこしとともにグアテマラの食文化の歴史的な基盤の一つです。
伝統的なグアテマラ料理では、豆はそのまま煮たり、スープにしたり、煮込んだり、炒り煮にしたりと、さまざまな形で食べられています。単なるつけ合わせではなく、多くの家庭にとって、日々の食事と健康を支えるたいせつな食材です。
とうもろこし粉のトルティーヤ
そしてもちろん、とうもろこし粉のトルティーヤも欠かせません。
とうもろこしは、特にマヤの人々の伝統において、文化と食生活の中心的な存在です。
ビニシオさんの朝ごはんに登場するトルティーヤは、温め直したもの。余ったトルティーヤをむだにすることなく、再び温めて食べる習慣があるといいます。
とうもろこしのトルティーヤには、さまざまな食べ方があり、今回はトルティーヤの上にナボ・ギサードとフリホレス・ネグロをのせて食べています。
さまざまな味が1枚のトルティーヤの上で渾然一体となる様子は、まるでグアテマラの文化的多様性そのもののようです。
グアテマラコーヒー
そして、グアテマラの朝ごはんに欠かせないのが、温かい一杯のコーヒーです。グアテマラはコーヒーの生産国としても広く知られており、多くの家庭にとって、コーヒーは一日の始まりに欠かせない飲み物です。ビニシオさんは市場などで挽いたコーヒー豆を購入し、しばらく煮出した浸出液をカップに注いで温かい状態で飲むことが多いそうです。


とうもろこし粉のトルティーヤは「コマル(comal)」と呼ばれる平たい調理器具で焼いたり、温め直したりする。


挽いたコーヒーそのものを煮出す前の状態。
とうもろこし、豆、野菜、そしてコーヒー。どれもグアテマラでは毎日、口にするような身近な食材です。そして、そこにはグアテマラの暮らしが詰まっています。
身近な食材が並ぶ“ある食卓”から、その土地の農業や暮らし、そして次世代へと受け継がれてきた食文化が見えてきます。
ビニシオさんの朝ごはんは、単に「土曜日の朝ごはんメニュー」の一例というだけではなく、グアテマラの日常生活を垣間見ることができる「小さな窓」のようでもあります。
では次に、グアテマラと日本のつながりを見てみましょう。
火山と地震、ヒロシマのピカ……日本とグアテマラのつながり
グアテマラと日本は太平洋を隔てて遠く離れています。
でも、少しくわしく見てみると、意外なつながりがいくつも見えてきます。
- 「グアテマラの富士山」
アンティグア・グアテマラの近くにあるアグア火山は、富士山によく似た美しい円錐形のシルエットを持ち、標高は約3,760メートル。日本の富士山は3,776メートルなので、その差はわずか16メートルです。そのため、グアテマラではアグア火山を 「グアテマラの富士山」 と呼ぶことがあります。太平洋をはさんで遠く離れた2つの国。でも、山の姿だけを見れば、思わずこんな問いが浮かぶかもしれません。「ここはグアテマラ? それとも日本?」 - 自然と防災
グアテマラと日本は、どちらも火山や地震とともに暮らしてきた国です。こうした共通する経験は、日本によるグアテマラの防災・減災分野での協力にもつながっています。 - 音楽を通じたつながり
グアテマラの作曲家、ホルヘ・サルミエントスは1989年に広島を訪れ、その経験をきっかけに、核兵器のない世界への願いを込めた『ヒロシマのピカ』を作曲しました。この作品はその後、日本とグアテマラの両国で演奏されました。2012年には、東日本大震災から1年を迎えるにあたり、グアテマラ国立劇場で追悼コンサートが開催され、サルミエントス氏の息子であるイゴール・サルミエントス氏の指揮で『ヒロシマのピカ』が演奏されました。こうして、グアテマラ人が広島で得た経験から生まれた一つの作品が、今度は日本への連帯を表わすものにもなったのです。
火山から音楽まで。グアテマラと日本は、私たちが思っている以上につながっているのかもしれません。でも、私にとって最も特別なつながりは、火山でも、音楽でも、外交でもありません。
それは、人とのつながりです。
ビニシオさんと共有した「学ぶこと、分かち合うこと、そして行動すること」
私とビニシオさんが出会ったのは、2011年、今から15年前のグアテマラです。当時、私は世界の教育に携わる国際教育家を目指そうと思い始めたばかりでした。
一人旅でグアテマラを訪れていたとき、教員研修にとり組んでいたスペインの国際教育団体の人と出会いました。そこで私は、教員研修の講師の一人として、ヒップホップダンス、折り紙、演劇など、さまざまな手法を使った参加型の学びのワークショップを行なう機会を得ました。そして、そこにビニシオさんがいました。
彼はすでに教師とDJという複数の顔を持っていたためか、ストリートダンスやヒップホップの文化や哲学にも強い関心を持っていました。
あれから15年。私たちは今もつながり続けています。
彼の教育に対する情熱、学び続けようとする好奇心、そして同時に、人生を楽しみ、人とつながることをたいせつにする姿勢には、いつも刺激を受けています。だからこそ、私たちの友情は、「学ぶこと、分かち合うこと、そして実際に行動すること」という共通の思いによって、15年にわたって続いてきたのかもしれません。
彼との出会いを通して、人生の中では、ときに小さな出会いがまったく新しい世界への扉を開いてくれることがあるのだと、改めて感じました。


今回ご紹介したビニシオさんの朝ごはん(黒いんげん豆、トルティーヤ、野菜、コーヒー)を通して、私たちはグアテマラの文化的多様性や伝統、歴史、そして人とのつながりに触れることができました。
旅のおもしろさは、観光地を訪れることだけではありません。そこで食べるもの、出会う人、なにげなく交わす言葉の中に、その国の文化や歴史が見えてくることがあります。
次はどんな朝ごはんと、どんな物語に出合えるでしょうか。次回の「世界の朝ごはんめぐり」もお楽しみに。