ジョージア(東部カヘティ地域)「世界の朝ごはんめぐり」/「栄養と料理ぷらす」9月号

食文化 世界の朝ごはんめぐり
ジョージアの朝ごはん

文と写真/岡本啓史(国際教育家)

目次


    ディラ・ムシュヴィドビサ!(დილა მშვიდობისა)

    ジョージアを訪れると、よく耳にするあいさつの1つが「ガマルジョバ!(გამარჯობა)」。これは「こんにちは」「やあ」という意味です。一方、朝にはジョージアならではのあいさつがあります。それが「ディラ・ムシュヴィドビサ」です。この表現は「平和」を意味する「ムシュヴィドバ」という言葉に関連しています。つまり、ジョージアで「おはよう」と言うときには、一日の始まりに「平和がありますように」という、美しい願いも込められているのです。ジョージア語は、ラテン文字、キリル文字、日本語の文字とはまったく異なる、独自の文字体系を持っています。初めて見る人にとっては、丸みを帯びたジョージア文字が、小さな絵のようにも見えるかもしれません。

    さて、「ジョージア」と聞いて、なにを思い浮かべますか?
    コーヒー、それともアメリカ合衆国のジョージア州でしょうか。

    でも、今回紹介する国のジョージアは、それらとはまったく違います。ジョージアは、黒海とコーカサス山脈の間、ヨーロッパとアジアの交差点に位置する小さな国です。

    地図上のジョージアと日本(筆者作成)

    8000年の歴史を持つジョージアワインとクヴェヴリ

    長い歴史の中で、ジョージアは強大な隣国に囲まれ、侵略や外国による支配を幾度となく経験してきました。それでも、独自の文化、言語、料理、音楽、そして伝統を守り続けてきました。

    そして、その文化の継承をなによりもよく表わしているものの1つが、「ワイン」だといわれています。

    ジョージアは、世界でも最も古いワイン造りの地域の一つとして広く知られており、考古学的な証拠から、ジョージアでのワイン造りは8000年以上前にさかのぼると考えられています。

    伝統的なジョージアワインは、「クヴェヴリ(qvevri)」と呼ばれる大きな土製の容器で造られます。クヴェヴリは地下に埋められ、その中でブドウを発酵させ、ワインを保存します。この技法は、何世代にもわたって受け継がれてきました。ジョージアワインの中には、果皮や種なども一緒に発酵させて作ったオレンジワイン(アンバーワイン)もあります。

    ジョージアの人々にとって、ワインは単なる飲み物ではありません。それは、もてなし、家族、祝いごと、そして食卓を囲んで物語を分かち合うことと、深く結びついています。

    ワイン醸造に使われる土製の容器「クヴェヴリ」。
    クヴェヴリが埋められている地下室。中央に穴のあいた透明なふたがのせられている。

     

    ジョージアが誇るワインの産地、カヘティ地方は、ワイナリー(ワインを造る施設や醸造所)地域としてよく知られている。
    果皮や種なども一緒に発酵・熟成させる伝統的な製法によって、白ブドウからオレンジ色(琥珀)のワインが生まれる。

    今月の案内人:ギオルギ・ナタゼさん

    今月は、人生経験が豊富なジョージア人、ギオルギ・ナタゼさんをご紹介します。

    ギオルギさんは、かつてはプロサッカー選手として、ジョージア国内だけでなく、海外のチームでもプレーしていました。現在は観光業に携わり、訪れる人々にジョージアの美しさや文化を伝えています。

    ユーモアにあふれ、親身なサービスで顧客に寄り添う彼のガイドは、一度体験するとリピーターになる人が続出するといわれています。

    ちなみにギオルギさんの夢は、自分自身の農場を持ち、土地や農業とより深くつながっていくことだそうです。

    ギオルギ・ナタゼさん。

    ジョージアの朝ごはん|伝統パン「ショティス・プリ」とチーズ、トマトと玉ねぎのサラダ

    ギオルギさんにとって、朝は一日を元気に始めるためのたいせつな時間です。特に、観光ガイドとして長い一日を過ごす仕事において、朝ごはんは欠かせません。

    そのメニューは驚くほどシンプルですが、地域の食材や食文化と深く結びついています。

    • ショティス・プリ(ジョージアの伝統的なパン)
    • 新鮮なチーズ2種(カヘティ地方の牛乳とヤギ乳のチーズ)
    • 新鮮なトマトと玉ねぎのサラダ(ひまわり油、塩、こしょうをかけて)
    左から順に、ショティス・プリ、トマトと薄切り玉ねぎのサラダ、2種のチーズ。

    食卓の主役は、「ショティス・プリ」。ジョージア東部、特にカヘティ地方で親しまれている伝統的なパンです。

    「ショティス・プリ」とは、「剣のパン」を意味する言葉。その細長く曲がった形が剣に似ていることに由来するそうです。

    このパンは、トネ(tone)と呼ばれる縦型の土窯の熱い内壁に、生地を直接貼り付けて焼くのが伝統的な製法です。

    パンをよく見ると、中央に小さな穴があけてあるのがわかります。これは、焼いているときに蒸気を逃がし、パンがふくらみすぎるのを防ぐためなのだそうです。

    このシンプルな材料と調理法には、その土地や地域の伝統との深いつながりがあります。

    陶製の内釜を木枠とコンクリートで固めたトネ。内側に見えるのが「ショティス・プリ」の生地。
    釜の底に熾火があり、内釜はとても熱いので、棒を使って生地を扱う。

    パンといっしょに食べる新鮮なチーズやトマト、玉ねぎ、ひまわり油も風味豊かで、シンプルながら特別な朝ごはんになります。

    「ジョージアの食材は、トマトなど、どこの国にでもあるようなものでも、とてもおいしい。海外でサッカー選手として仕事していたころは、ジョージアの食材が恋しかった」とギオルギさんは語ります。

    できたてのチーズなどが並ぶ店。購入する分だけ、その場で切り分けてもらう。
    カヘティ地方のヤギ乳のチーズ。

     

    新鮮なトマトを切り、塩をふるギオルギさん。
    玉ねぎの皮をむくギオルギさん。
    PETボトルにひまわり油が小分けされていた。

     

    パンにチーズをのせて「おいしい!」とポーズをきめたギオルギさん。

    相撲やシュクメルリも! 日本とジョージアの意外なつながり

    直線距離で約8000キロ離れた日本とジョージアですが、両国にはさまざまなつながりがあります。ここでは、そのいくつかをご紹介しましょう。

    大相撲

    ジョージアと日本のつながりを象徴するものの1つが、意外にも「相撲」です。

    これまでに、ジョージア出身の力士が日本の大相撲で活躍してきました。その中でも、栃ノ心(とちのしん)、黒海(こっかい)、臥牙丸(ががまる)は、日本でもよく知られる存在となりました。

    彼らの活躍は、単なるスポーツの成果にとどまりませんでした。多くの日本人にジョージアという国を知ってもらうきっかけにもなりました。

    乾杯の文化

    日本では、集まりの席で、みんながそろい、飲み物を手にしてから「乾杯!」と言うことがよくあります。ときには遅れて来る人を皆で待ってから乾杯することもあり、外国人に驚かれることもあります。

    ジョージアの伝統的な宴会はスプラ(supra)と呼ばれ、乾杯の音頭をとる人はタマダ(tamada)と呼ばれます。タマダは宴会の流れを導き、友情、家族、平和、愛など、人生におけるたいせつなものについて、長めの乾杯のスピーチをします(お酒を飲むまでに時間がかかるということも)。

    言葉やスタイルは違っていても、両国において乾杯は、単にお酒を飲むことではなく、人と人をつなぎ、いっしょにひとときを分かち合うものです。日本とジョージアには、「食卓は単に食事をする場所ではなく、人と人との関係をつなぐ場でもある」という共通点があるのかもしれません。

    日本の食卓に登場したジョージア

    料理は、人だけではなく、文化もつなげます。
    「シュクメルリ」という料理を聞いたことがありますか?

    2020年、日本の飲食チェーン「松屋」は、鶏肉、にんにく、チーズ、クリーミーなホワイトソースを使ったジョージア料理、「シュクメルリ鍋」を発売しました。

    この料理は、本場のレシピをもとに、日本のごはんに合うようソースをくふうして提供されました。日本では驚くほどの人気となり、松屋の「復活メニュー総選挙」では、なんと2度も第1位に選ばれました。さらに2025年、発売から5年後には、松屋がこの料理にゆかりのあるジョージアのシュクメリ村と友好協定を締結しました。

    こう考えると、多くの日本人にとって、ジョージアはじつはそれほど遠い国ではないのかもしれません。もしかしたら、あなたも近所の松屋で、すでにジョージアの食文化に出合っていたのかもしれません。

    出会いはジョージア・カヘティ地方のワイナリー訪問

    私が初めてギオルギさんに会ったのは、教育ワークショップを実施するためにジョージアを訪れたときでした。

    ジョージアの政府機関で働く友人が私の訪問をコーディネートし、その縁でギオルギさんを紹介してもらいました。

    その後、ジョージア有数のワイン産地であるカヘティ地方を訪れたさいには、ギオルギさんがガイドを務めてくれました。

    そこで、私は彼の“朝ごはん”に出合ったのです。

    今回紹介した内容は、私自身も実際に味わうことができた、思い出深い体験でした。

    今でも、なによりも強く覚えているのは、トマト、玉ねぎ、そしてひまわり油が、驚くほどおいしかったこと。 さらに、ギオルギさんは、ショティス・プリを作っている店の店主に依頼して、私にもパン作りを体験させてくれました。

    「世界の料理に興味がある」と話したことをきっかけに、ギオルギさんが気を利かせて手配してくれたことで、思いがけず忘れられない体験ができました。快く迎えてくれた店主も含め、ジョージアらしい温かなおもてなしを感じるひとときでした。

    「ショティス・プリ」作りを体験している筆者と、教えてくれた店主。
    パン屋の店主と、焼きたてのパンを手に持つ筆者。

    しかし、その朝の驚きは、朝ごはんの定番メニューだけではありませんでした。朝ごはんに「あるもの」が加わったのです。

    記事上部の朝ごはんの写真と下の写真には、違いがあります。さて、なんでしょう?

    (ヒント:右側に注目!)
    ジョージアの朝ごはんを共に楽しむギオルギさん(左)と筆者(右)。

    ……そう! シンプルでおいしい朝ごはんに、ある「飲み物」が加わったのです。

    朝8時ごろ、ギオルギさんが私に小さなグラスに入った飲み物——チャチャ(chacha)をすすめてくれました。

    チャチャとは、ワインを造るさいに残るブドウの搾(しぼ)りかすを原料にした、ジョージアの伝統的な蒸留酒です。

    フルーティーでおいしい……と思った次の瞬間、「ズドン!」と全身に響くような強い刺激が。アルコール度数の高い、かなり力強いお酒です。

    「まだ朝なんだけど……」とためらっている私に、ギオルギさんは笑いながらこう言いました。「お酒を楽しむことも、ジョージア流のおもてなし。もちろん、運転手は飲まないよ! ハハハ!」

    現地の人が、その文化の一部としてなにかをすすめてくれたとき、断るのはなかなかむずかしいものです。そこで、なんとかチャチャを飲み干してみました。

    「これでジョージアの洗礼を浴びた!」そう思ったのも束の間、ギオルギさんがまたコップにチャチャを注いでいるではありませんか。これは試されているのかもしれないと思い、なんとか2杯目も飲み干しました。すると、またしてもギオルギさんが3杯目を注ぎます。

    ギオルギさんによると、チャチャは3杯飲むのが一般的で、そこまで飲めばジョージアのコミュニティの一員になったようなものなのだそうです。

    カヘティ地方で体験した朝ごはんとおもてなし

    パン作り体験から始まった朝ごはんを楽しみ終えるころには、すっかりいい気分になっていました。こうしてお酒を酌み交わすことも、ジョージアのおもてなしを知る方法の一つなのかもしれません。もちろん、お酒が飲めない人に無理にすすめることはありません。

    訪れたときは「旅行者」でも、気づけばすぐに「友人」のように迎え入れてもらえる。そんなところにも、ジョージアの人々の温かな人柄が表われているのだろうと、ほろ酔いながら実感しました。

    ジョージアの朝ごはんは、一見するとシンプルです。作りたての細長いパン、チーズ、トマト、玉ねぎ、ひまわり油、塩、こしょう……。しかし、その食卓の背景には、古くから続く農業やワイン文化、おもてなしの心、家族とのつながり、そして、何世紀にもわたる歴史の中でさまざまな困難を経験しながらも、独自のアイデンティティを守り続けてきた人々の物語があります。

    そしてジョージアには、まだまだたくさんの魅力があります。くるみソースのきいたきゅうりのサラダ、ハチャプリ、ヒンカリ、プハリ、チュルチヘラ、地元のワイン、スプラ、山々、黒海、そして食卓を囲んで交わされる数えきれない物語。

    もしジョージアを訪れる機会があれば、壮大な景色を眺めるだけでなく、ぜひ現地の食卓についてみてください。パンをちぎり、乾杯をし、ジョージアの物語に耳を傾けてみてください。

    ある国を理解するいちばんの方法は、そこで朝ごはんを食べることなのかもしれません。次はどんな朝ごはんと、どんな物語に出合えるでしょうか。次回の「世界の朝ごはんめぐり」もお楽しみに。

    SNS
    ギオルギさんのInstagram: Drivegeorgia.ge
    岡本啓史

    国際教育家、生涯学習者、パフォーマー


    世界5大陸で暮らし、国連やJICAを通じて50カ国以上で教育支援に関わる。ダンサー、役者、料理人、教師など多彩な経歴を持つ。
    海外18年の実践経験を経て、2024年に帰国し、神戸に グローバル学び舎3L-ミエル (一社) を設立。「多様性と幅広い学び」を次世代につなぐことを使命に、異文化理解・多文化共生・非認知能力(SEL)を軸とした教育・講演・研修・執筆を行う。5言語で 学びに関するブログ でゆるく発信中。

    徳島文理大学特任教授/甲南大学講師/日本SEL学会理事
    著書:『なりたい自分との出会い方:世界に飛び出したボクが伝えたいこと』(岩波書店)監修『せかいのあいさつ』(童心社・全3巻)
    サイト/SNS: https://linktr.ee/mdhiro
    TEDxトーク「好奇心との再会: 世界5大陸で見つけた、生涯学び続ける3つの鍵」
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