カンボジア「世界の朝ごはんめぐり」/「栄養と料理ぷらす」5月号

食文化 世界の朝ごはんめぐり
カンボジアの朝ごはん

文と写真/岡本啓史(国際教育家)

目次


    チョムリアプ・スオ(ជម្រាបសួរ)

    カンボジアでは、あいさつは敬意を表わすたいせつな所作です。
    多くの場合、上記の言葉に加えて、「サンペア」と呼ばれる、手を合わせて軽くお辞儀をする所作動作を伴い、温かさ、謙虚さ、そして人とのつながりを表わします。
    相手の地位が高いほど、合わせた手をより高い位置に持ち上げるのが特徴です。

    歴史と活気が共存する国、カンボジア

    カンボジアについて、どんなことを知っていますか? カンボジアは東南アジアに位置し、豊かな歴史と活気ある文化、そして植民地時代や内戦・紛争という困難を乗り越えてきた強さをあわせ持つ国です。

    地理的・文化的にも日本とカンボジアは比較的近いため、これまで紹介してきたリベリアやチリ・イースター島、北マケドニアなどと比べると、より身近に感じられる国かもしれません(これまでの18記事もぜひご覧ください)。

    地図上のカンボジアと日本(筆者作成)

    世界最大級の宗教建築の1つであるアンコール・ワットを有するカンボジアは、古代の伝統と急速に発展する現代社会が共存する国です。

    にぎやかなローカルマーケットから、穏やかな農村風景まで、日々の暮らしはコミュニティ・食・家族と深く結びついています。

    「朝ごはんから、その国の暮らしが少し見えてくる」この「世界の朝ごはんめぐり」連載。カンボジアで愛されている朝ごはんの一例を通して、その文化に触れてみましょう。

    アンコール・ワット。堀の水面に姿が映ることでも知られる、12世紀建造のクメール王朝の寺院。

    メイさんの朝ごはん|カンボジア系アメリカ人が教えてくれた伝統の味


    今回は、現在カンボジアに住むカンボジア系アメリカ人のメイさんを紹介します。

    彼女はビジネスやサプライチェーンマネジメント分野での経歴があり、現在は英語講師として活動しています。異文化を探求し、世界じゅうの人々とつながることをたいせつにしています。

    また、彼女はつねにまわりの人を思いやる優しさを持ちながら、必要なときにはしっかりと自分の意見を伝える強さもあわせ持ち、まさにカンボジアとアメリカ、両方の文化のよさを体現している人です。明るく温かい人柄と素敵な笑顔が印象的です。

    アンコール・ワットで息子たいぞうくんを抱くメイさん

    それでは、メイさんの朝ごはんをのぞいてみましょう。

    ノンバンチョックとは?——カンボジアを代表する発酵米麺の朝食

    今回ご紹介する「ノンバンチョック・ソムロークメール」は、一般的に「ノンバンチョック」と呼ばれる、カンボジアを代表する料理の1つです。発酵させた米麺(ライスヌードル)に、香り豊かな緑色のスープ(魚ベース)をかけて食べる料理で、特に朝食として親しまれています。

    メイさんとカンボジアの代表的朝ごはん「ノンバンチョック」。

    黄色のスープには、レモングラス、ターメリック、フィンガールート、ガランガル、コブミカンの葉、にんにく、ココナッツミルク、プラホック(カンボジアの発酵魚ペースト)、淡水魚などが使われ、複雑で奥行きのある味わいが生まれます。

    このクリーミーで香り高いスープを米麺にかけ、もやし、いんげん、きゅうり、バナナの花、蓮の茎、そして「セスバニア・ジャバニカ(Sesbania javanica)」と呼ばれる食用の黄色い花など、色とりどりの野菜をトッピングします。仕上げにライムを搾り、ミントやとうがらしを加えることで、味にアクセントが加わります。

    一口ごとに、甘味・塩味・酸味・辛味・うま味が調和し、カンボジア料理の魅力がぎっしり詰まっています。

    この料理は、朝早くから屋台で売られており、人々の日常に深く根づいた一品でもあります。

    一皿にめんや材料が盛られ、別の器にあつあつのスープが添えられる。ノンバンチョックは、このように別々に提供されて自分で混ぜる場合と、店員が最初からすべてを器に入れて提供する場合がある。

     

    奥から時計まわりに、パクチー(香菜)、きゅうり、もやし、バナナの花、蓮の茎、青とうがらし(bird’s eye chili)、いんげん、ミントとライム、セスバニア・ジャバニカ。季節の野菜や薬味が並び、店によって内容も異なる。
    ターメリックで黄色く色づけられた、風味豊かで濃厚なスープ。魚のすり身がとけ込み、あっさりしていながらもクリーミーな口当たり。

     

    米麺と具材の野菜や薬味をスープの中に入れて食べる。

    難民としてアメリカへ渡った母親が作り続けた味

    メイさんにとって、ノンバンチョックは単なる朝ごはんではありません。アメリカ合衆国で育った彼女にとって、この料理は「母の味」でもあります。

    メイさんの母親は、クメール・ルージュ政権からの難民として家族で母国を出ました。アメリカに移住してからも、月に一度はかならずこの料理を家族7人のために作ってくれていたそうです。

    手間も時間もかかる料理ですが、だからこそ特別な存在でした。

    「これは愛そのものなのです。お母さんがこの料理を作る日は、朝食だけでなく、昼も夜も同じなべを囲む特別な一日でした。」とメイさんは語ります。

    孫の誕生や子育てを支えるため、カンボジアに一時帰国したメイさんの母親(左)とメイさん一家。

    カンボジアでは市場で買える「ノンバンチョック」

    現在、家族とともにカンボジアで暮らすメイさんにとって、この料理はまた違った形で口にできる機会があります。

    ノンバンチョックは調理に手間がかかりますが、地元の市場では1人前が約1ドル(約150円)と手ごろな価格で販売されているため、買って食べるのが一般的になっています。

    子育て中で忙しいメイさんも、手軽に懐かしい味を楽しめるというわけです。

    ノンバンチョックの材料となる魚が売られている市場にて。

    紙幣に日本の⚪︎⚪︎が? カンボジアと日本の意外なつながり

    東南アジアの国として距離は近くても、意外と知られていない日本とのつながりがあります

    以下の紙幣の写真をよく見てみてください。どんなつながりがあると思いますか? 

    カンボジアの500リエル紙幣

    ヒントは、写真の右下にあります。

    このカンボジアの500リエル紙幣(約15〜20円)には、なんと日本の国旗が描かれています。そこに描かれている橋は「つばさ橋」(左)と「きずな橋」(右)と呼ばれ、日本の政府開発援助(ODA)によって建設されたものです。

    この2の橋は、ホーチミン、プノンペン、バンコクといった都市をつなぐ広域ネットワークの一部として、人や物の移動を支え、経済発展に貢献しています。そして同時に、食文化を支える食材の流通にもかかわっています。

    ただ、これらの橋はモノをつなぐ単なるインフラではなく、相互の信頼と友情をつなぐ象徴でもあります。カンボジアでは、日本人はとても温かく迎えられる存在であり、メイさんによると、日本人の夫が自分の出身国をいうと、多くの人が笑顔で話しかけてくれるそうです。

    カンボジア支援で作られた橋だけでなく、日本が手がけたものは壊れにくく高品質であるという印象を持たれています。さらに現地での人材育成を通して「持続性」を意識したかかわりがあることから、同じアジアの国としてカンボジアの人々から厚い信頼を得ているようです。

    もしもカンボジアを訪れる機会があれば、ぜひ紙幣に描かれた日本の国旗を探してみてください。そして、今回ご紹介したノンバンチョックを食べるときには、「この料理は日本で紹介されていました」と伝え、支払いには日章旗がついた500リエル紙幣を使ってみてください。(もちろん、おなかいっぱい食べるにはこの紙幣1枚では足りませんが……)。

    出会いはモザンビーク。食でつながった私たち

    メイさんとのつながりはアフリカがきっかけでした。2022年に私たち家族がモザンビークに移住したとき、メイさんとそのご家族に出会いました。

    カンボジア、アメリカ、チリ、日本——国籍はそれぞれ異なるものの、アフリカの地で、私たちは食や文化、経験を通してすぐに打ちとけました。いっしょに料理をしたり、マラソンに参加したり、さまざまな時間を共有しましたが、そのつながりの中心にあるのは、やはり「食」でした。

    2024年にそれぞれの家族がモザンビークを離れたあとも、世界の異なる場所にいながら、こうしてつながり続けています。

    モザンビークでの移住時(2022年)と出発時(2024年)の写真。

    食は空腹を満たすだけの単なる食べ物ではありません。
    それは大事な記憶を呼び起こすものであり、アイデンティティであり、人と人をつなぐものです。

    次はどんな朝ごはんと、どんな物語に出合えるでしょうか?
    次回の「世界の朝ごはんめぐり」もお楽しみに。

    SNS
    【メイさんのSNS】 Instagram: @mey._.tototo|LinkedIn: Meyling Thai
    岡本啓史

    国際教育家、生涯学習者、パフォーマー


    世界5大陸で暮らし、国連やJICAを通じて50カ国以上で教育支援に関わる。ダンサー、役者、料理人、教師など多彩な経歴を持つ。
    海外18年の実践経験を経て、2024年に帰国し、神戸に グローバル学び舎3L-ミエル (一社) を設立。「多様性と幅広い学び」を次世代につなぐことを使命に、異文化理解・多文化共生・非認知能力(SEL)を軸とした教育・講演・研修・執筆を行う。5言語で 学びに関するブログ でゆるく発信中。

    徳島文理大学特任教授/甲南大学講師/日本SEL学会理事
    著書:『なりたい自分との出会い方:世界に飛び出したボクが伝えたいこと』(岩波書店)監修『せかいのあいさつ』(童心社・全3巻)
    サイト/SNS: https://linktr.ee/mdhiro
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