シンガポール「世界の朝ごはんめぐり」Webマガ版2026年4月号

文と写真/岡本啓史(国際教育家)

「グッドモーニング・ラ!」
この小さな「lah」には多くの意味が込められています。
それはシングリッシュ(Singlish:シンガポール英語)の特徴的な語尾で、英語、マレー語、福建語(ホッケン)、北京語、タミル語などが生き生きと混ざり合って生まれた言葉です。シングリッシュは、日常会話の中にシンガポールの多文化的アイデンティティを映し出しています。

シンガポールは、中国系、マレー系、インド系を中心とするコミュニティから成る多民族社会です。行政やビジネスでは英語が共通語として使われていますが、国語はマレー語で、中国語(標準中国語)とタミル語も公用語に定められています。

こうした言語が長い時間をかけて混ざり合い、くだけた表現に富む、シンガポールならではの話し言葉「シングリッシュ」が生まれました。

さて、いつもの質問です。

「シンガポール」と聞いて、なにを思い浮かべますか?(一度読むのをやめて考えてみてください)

そんなイメージが強いシンガポールですが、まだ発見すべき魅力があります。
それが「食」です。

シングリッシュでは、食べることを 「makan(マカン)」 と表現します。
この言葉はマレー語に由来し、シンガポールの日常会話でもよく使われています。

シンガポールはかつてマレーシアの一部でした。イギリスから自治権を獲得したのち、1963年にマレーシアと合併しましたが、1965年に分離し独立国家となります。

こうした歴史的背景から、マレー語とその文化は現在もシンガポールの生活に深く根づいています。

シンガポールとマレーシアは今でも多くの文化的ルーツを共有していますが、それぞれが独自の風味と食文化のアイデンティティを少しずつ発展させてきました(マレーシアについては「マレーシア〈ペナン〉編」を参照)。

お二人は多文化が交わる家族の出身です。祖先は中国やマレーシアにルーツを持ち、ご本人たちはシンガポール生まれ。さまざまな文化を背景に育ってきました。

異文化を越えて人とつながる温かな心を持ち、そしてなにより、食のありがたみを深く味わう——そんな真のフーディー夫婦です。

シンガポールでは、食は ホーカーセンター(フードセンターとも呼ばれます)と深く結びついています。

ホーカーセンターは、多くの屋台が一つの屋根の下に集まる、開放的な食の施設です。別々のレストランに行く代わりに、インド系ムスリム料理、マレー料理、中国風の料理、あるいは西洋風の料理などを、隣り合う屋台で注文し、共用テーブルでいっしょに食べることができます。

このしくみによって、シンガポールの食文化は 手ごろで効率的、そして多様性に富んだものになっています。

ホーカーセンターは、日常生活の中に息づく多文化共生の姿を象徴する場所でもあります。

シンガポールの食文化を象徴するホーカーセンターには、現地ならではの 「チョープ(Chope)」 という習慣があります。

「チョープ」とはシングリッシュで「席を確保すること」を意味します。多くの場合、ポケットティッシュをテーブルの上に置いて席をとります(治安のよさから、スマートフォンを置く人もいるそうです)。

日本の街頭で配られているようなポケットティッシュは、シンガポールのホーカーセンターでも購入できます。まず席を確保するために置き、食事のさいにはテーブルをふくためにも使える、実用的なアイテムです。

このように、シンプルなティッシュひとつが「予約ずみ」という社会的合意を示す役割を果たしているのです。

それでは、ホーカーセンターでのマリーナさん・エドウィンさん夫婦の朝ごはんを見てみましょう。

  • ナシ・チャンプル/ Nasi Campur:最初の料理はナシ・チャンプル(ミックスライスプレート)で、上にのっているラウォンが主役です。

ラウォンはインドネシア東ジャワのジャワ料理に由来し、黒いクルアックナッツ(アジア版の黒トリュフともいわれる)をおもな調味料として使用し、スープに濃い色とナッツのような風味を与えます。

「ナシ・ゴレン」を日本で聞いたこと・食べたことがある人もいるかと思いますが、「ナシ」はお米、「ゴレン」はいためる、つまり炒飯です。

今回のナシ・チャンプルの「チャンプル」は混ぜるという意味があり、ごはんにさまざまなおかずを添えて提供されます。そして、それらを自分で混ぜながら食べます。じつは、沖縄県の料理ゴーヤーチャンプルーのような豆腐と野菜などをいため合わせた料理の「チャンプルー」の語源はインドネシア語やマレー語で「混ぜる」を意味する「campur(チャンプル)」から来ているとされています。

沖縄では「ごちゃ混ぜ」というニュアンスで、さまざまな食材をいっしょにいためた郷土料理に使われ、長崎のちゃんぽんや、中国語やポルトガル語でも似たような言葉があるといわれています(由来は諸説あり)。

  • ロントン(Lontong):白米をバナナの葉やヤシの葉で包んで煮て圧縮した、東南アジアの主食の一種。ココナッツミルクの野菜煮込み「サユール・ロデ(sayur lodeh)」などと合わせて食べられます。煮込みはインドネシア、マレーシア、シンガポールで広く見られ、地域によって食感やスパイスの使い方に微妙な違いがあります。
  • ロティ・プラタ(Roti Prata):「ロティ/Roti」はマレー語や多くの南アジア言語で平らなパンを指します。プラタはインドのパラタ/paratha(पराठा)に由来し、「parat(परत)」=層、「atta(आटा)」=小麦粉、の組み合わせを意味します。スープのようなさらっとしたカレーと砂糖が添えられていました。カレーの味わいは、辛味よりも甘味が少し優っている逸品です。

ロジャック(Rojak):「シンガポールを一言で表わすと?」と尋ねると、エドウィンはこう答えました。

「シンガポールを一言で説明するのはむずかしいけれど、ロジャックのような多様性があるもの」。

ロジャックは、果物、野菜、揚げパン、生地、豆腐、甘辛いソースなど、さまざまな要素が一つに調和して混ざり合ったミックスサラダです。それはおそらく、この国の多様性を示す完璧な比喩表現かもしれません。

  • プトゥ・ピリン(Putu Piring):朝ごはんのデザートに、プトゥ・ピリン。さまざまな具入りの蒸し米菓子で、ココナッツフレークとパンダンリーフが添えられています。

興味深いことに、今回紹介された屋台の5つのメニュー表示のうち、1つはマレー語(「グラ・マラッカGula Melaka」——マレーシア・マラッカ産のパームシュガー)で書かれており、他は英語でした。メニューボードでさえ、複数言語が自然に共存していることが静かに示されていました。

  • トロピカルな飲み物:シンガポールの温暖な気候は、フレッシュジュースからアイスティー、伝統的な飲み物まで、さまざまな飲み物文化をはぐくんでいます。食同様、飲み物の屋台にも多文化的な多様性が見られます。

地理的には離れていますが、シンガポールと日本にはさまざまな共通点があります。

まず挙げられるのが、教育、治安、そして清潔さを重んじる社会文化です。両国は教育水準の高さで国際的にも評価されており、学力調査でも世界トップクラスに位置づけられることが少なくありません。日本では学生が教育の一環として学校を清掃します。一方、シンガポールではポイ捨てやガムの持ち込み、公共の場で唾を吐く行為などに罰金を科すなど、厳格な清潔維持の制度が知られています。

また、「チャンプルー(ごちゃ混ぜ)」という発想に通じる食文化も、興味深い共通点の1つです。この「混ざり合う」という発想は、多文化が共存するシンガポールの食文化を象徴しているともいえるでしょう。

さらに、秩序がありながら活気に満ちたホーカーセンターのしくみは、日本の屋台文化ともどこか共鳴しています。

そして、シンガポールが多様な文化の影響を融合し独自の社会を築いてきたように、日本もまた歴史の中で外来の文化をとり入れながら、自国の文化へと適応させてきました。漢字の受容から近代の西洋技術まで、その積み重ねが今日の日本の文化的アイデンティティを形作っています。

私とその夫婦とのつながりは、共通の友人であるシンガポール出身のアイ・ヴィーさんを通じて生まれました。家族でシンガポールを訪れたさい、国外にいたアイ・ヴィーさんが「地元の人とつながってほしい」という温かな思いから、マリーナさんとエドウィンさん夫婦を紹介してくれたのです。こうして、現地の朝ごはんをいっしょに楽しむ機会を得ることができました。

出会ったばかりの私たち家族に、エドウィンさんはさりげなくこういってくれました。

「アイ・ヴィーの友だちは、私たちの友だち」

こうして朝ごはんは、私たちをつなぐ橋となりました。

テーブルに並んだ朝ごはんの量からも想像できるように、お二人は自分たちの好きな料理を選ぶだけでなく、私たち家族がシンガポールの多様な味を楽しめるようにと、少し多めに注文してくれていました。

そして、実際に食べてみた感想は——

「Shiok!(シオック!)」

シングリッシュで「最高」「とてもおいしい」「満足感たっぷり」といった意味の言葉です。

初めて会ったとは思えないほど、私たちはすぐに打ちとけ、話し続け、食べ続けました。

ホーカーセンターでは、途中でそれぞれが別々の屋台へ料理を買いに行く場面もありました。そのときエドウィンさんがマリーナさんに電話をかけましたが、なかなかつながりません。どうやら二人はふだん、「今この瞬間」と「目の前の人との時間」をたいせつにするため、携帯電話を無音にしているのだそうです。

目の前でいっしょに時間を過ごしたからこそ、彼らのおもてなしの心と、人とのつながりをたいせつにする人柄が伝わってきました。

人が人をつなぎ、食がそのつながりを深める。
それが今回の「世界の朝ごはん」の企画が教えてくれたことのように思います。

次回の「世界の朝ごはんの旅」もどうぞお楽しみに。次はどんな朝ごはんと、どんな物語に出会えるでしょうか?

マリーナさんのインスタグラム
@crumb_chaser


岡本啓史                               
おかもとひろし🟡国際教育家、生涯学習者、パフォーマー

世界5大陸で暮らし、国連やJICAを通じて50カ国以上で教育支援に携わる。ダンサー、俳優、星付きレストランのシェフ、教師など多彩な経歴を持つ。
異文化で学び続けた海外18年を経て、2024年に帰国し、神戸でグローバル学び舎3L-ミエルを設立。「多様性と幅広い学び」を次世代へつなぐことを使命に、教育、食文化からウェルビーイングなど幅広いテーマで講演・研修・執筆を行う。5言語で学びに関するブログでゆるく発信中。徳島文理大学特任教授。日本SEL学会理事。
 
著書『なりたい自分との出会い方』(岩波書店)『せかいのあいさつ』全3巻(童心社)監修。
サイト/SNS:https://linktr.ee/mdhiro

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