「ネパール」と聞いて、なにを思い浮かべますか?
多くの人は、エベレストやヒマラヤ、トレッキングを思い浮かべるかもしれません。しかしネパールは、2021年の国勢調査によると140以上の民族、120以上の言語が共存する、多様性に富んだ国でもあります。
今回は、一人の素敵な女性の朝ごはんを通して、ネパールの文化をのぞいてみましょう。


「青・白・赤・緑・黄」の5色は、自然界の五大元素(空・風・火・水・地)の象徴。
今回の案内人:シェルパ出身の社会起業家・サングさん
ネパールの朝ごはんを紹介してくれるのは、ネパール出身の教育者・社会起業家であるサング・ドマ・シェルパさんです。ネパール東部ドラカ郡ジリ市でシェルパ民族の家庭に生まれ育ち、みずからのルーツであるシェルパ文化に誇りを持ち、その価値観をたいせつにしながら活動を続けています。
20歳代前半のころ、「子どもたちが困難を乗り越え、みずからの可能性を広げる手助けをすること」が人生で最も幸せを感じる仕事だと気づき、その思いから山岳地域の子どもたちへ教育機会を届けるNPO団体Calls Over Ridges Nepal(CORN)を設立しました。 見返りを求めずに与えることをたいせつにしているサングさんにとって、教育とは特権ではなく、尊厳、自立、そして希望ある人生を築くための土台。山間部で生まれた子どもたちにも、みずから未来を切り拓く機会が与えられる社会を目指して活動しています。

「シェルパ」は職業名ではなく、ヒマラヤに暮らす民族の名前
「シェルパ」と聞くと、多くの人は登山ガイドを思い浮かべるかもしれません。
しかし、本来シェルパとは、ネパール東部ヒマラヤ地域を中心に暮らす民族の名称で、チベット語で東(シェル)の人(パ)という意味です。古くから標高の高い地域で生活してきた彼らは、きびしい自然環境の中で、助け合い・たくましさ・おもてなしの文化をはぐくんできました。
山を知り尽くした知識と経験から、シェルパの人は世界じゅうの登山隊を支えるガイドとして活躍することで高く評価されており、多くのエベレスト登山でもシェルパの存在は欠かせません。そのため現在では、「シェルパ」という言葉自体が、「忍耐力」「持久力」「山岳のスペシャリスト」を象徴する存在として世界に知られるようになりました。
現在は登山や観光業だけでなく、教育、起業、地域づくりなど、さまざまな分野で活躍するシェルパの人々も増えています。
私がサングさんの名字に「シェルパ」とあることについて尋ねると、それは民族名であると同時に、多くのシェルパの人々が共通して用いる姓でもあると教えてくれました。一族ごとの名称ではなく、「シェルパ」という姓を共有することで、民族としての団結やつながりをたいせつにしているそうです。
ネパール・シェルパの朝ごはん|スチャ(バターティー)に込められた暮らしの知恵

シェルパの朝は、家族と感謝の気持ちを分かち合い、一日をともに始めるたいせつな時間です。
食事の前には、多くの家庭で、仏・法・僧(三宝)への感謝を込めた祈りを唱えます。この習慣によって、一日を感謝と穏やかな心で始めることができるそうです。
今回サングさんが紹介してくれた朝ごはんは、シンプルながら栄養たっぷりの一皿です。
- アル・タルカリ:クミン、ターメリック、青とうがらしでいためたスパイシーなじゃが芋料理
- ロティ:小麦や雑穀で作る手作りの平焼きパン
- 卵料理:ゆで卵、目玉焼き、玉ねぎや香菜(パクチー)入りオムレツなど好みに応じて調理
- オクラ:ゆでて軽く塩をふったもの。緑色が朝食に彩りを添えています。
- スチャ(バターティー):紅茶にヤクのバター、牛乳、塩を加えて作る伝統的なお茶

ロティやじゃが芋、卵はネパール各地で食べられていますが、シェルパ文化では、きびしい自然環境の中で食材を確保するための知恵も受け継がれています。ヒマラヤの高地では、じゃが芋がおもな作物で、標高の低い地域では季節ごとに育つ野菜を乾燥保存し、雪に閉ざされる季節や高地での暮らしに備えます。
また、 シェルパ文化を代表する飲み物が「スチャ(バターティー)」です。
濃厚でクリーミーなこのお茶は、日本人が想像する甘いミルクティーとはまったく異なります。標高が高く寒さのきびしいヒマラヤでは、体を温め、エネルギーを補給し、長時間の活動を支えるたいせつな存在です。
スチャで欠かせないのが、ヤクのバターです。チベットヤクは、標高3000メートルを超える地域での暮らしを支えるたいせつな家畜で、毛皮は衣類やテントに、乳はバターやチーズなどの乳製品に利用されるなど、「衣・食・住」を支える欠かせない存在です。そのため、チベット語ではヤクを「宝」や「富」と呼ぶそうです。
そしてスチャは、現在でも日々の暮らしに欠かせない食文化となっています。
「シェルパの人にとって、スチャのない朝は朝ではありません。」サングさんは故郷を思い出しながら微笑みました。一杯のお茶には、きびしい自然の中で受け継がれてきた暮らしの知恵が詰まっているようです。



保存性が高く、料理やお茶にも使用される。
食べ物そのものももちろんたいせつですが、サングさんにとって朝食で最もたいせつなのは、家族全員が仕事や学校へ向かう前に食卓を囲む時間です。
朝食は、人と人をつなぐ毎日のひとときでもあります。
ネパールと日本の共通点|合掌・仏教・山・食文化のつながり
そんなサングさんの国ネパールと日本のつながりについても、いくつか見てみましょう。
合掌という文化
日本人がお辞儀をするように、ネパールでは胸の前で手を合わせて「ナマステ」とあいさつを交わします。表現は異なりますが、どちらも相手への敬意や謙虚さを表わす文化です。
仏教のつながり
ネパールは、お釈迦様(ブッダ)が生まれた国として知られています。一方、日本でも仏教は長い歴史を持ち、葬儀や法要など、今でも暮らしの中に深く根づいています。
山とともに生きる文化
ネパールにはエベレスト、日本には富士山があります。どちらも単なる山ではなく、人々にとって信仰や精神文化とも結びつく特別な存在です。
人の交流
日本には多くのネパール人留学生や技能人材が暮らしており、近年は日本各地でネパール料理店も増えています。遠く離れた両国ですが、人と食を通した交流は年々深まっています。筆者が住む神戸の東灘区でも、ここ数年、在留外国人でいちばん人口が多いのがネパール人であることも興味深いところです。
出会いは神戸:教育と食による国境を超えたつながり
サングさんとは、ネパールで教育支援をする友人たちを通して知り合い、彼女が来日したさい、神戸のネパール料理店でいっしょに食事をしました。
そこではネパールや日本における教育・栄養事業の意見交換などを行ないました。国や世代を超えて、教育、そして食にも携わる者同士として、子どもたちが学び、自分らしい人生を歩める社会をつくりたいという思いに深く共感しました。
今回も、この「世界の朝ごはんめぐり」のシリーズらしく、私たちをつないでくれたのは食文化と人とのつながりでした。この連載は、朝ごはんを通して、人と人をつなぎ、文化の違いの中にある共通点を見つけていく旅でもあります。



もしヒマラヤ地方を訪れる機会があれば、美しい山々をながめるだけでなく、ぜひ地元の食卓にすわり、一杯のバターティーとシェルパのごはんを味わってみてください。
シェルパの朝食は、見た目は都会のレストランのように華やかに見えないかもしれませんが、世界で最もきびしい自然環境の一つで暮らす人々の知恵と栄養、そして家族を思う温かさが詰まっています。きっと、その土地の人々の暮らしや文化を、より深く感じられる旅になることでしょう。
次はどんな朝ごはんと、どんな物語に出合えるでしょうか?
次回の「世界の朝ごはんめぐり」もお楽しみに。